おはようございます。

2月24日から、もうすぐ9カ月が経とうとしています。

「まさか」と思っていたことが起きた、あの衝撃。動揺した心は時がたつにつれ落ち着きましたが、それが困難に直面する方々を忘れることにつながってはいけない、と、最近思います。

そんな中、私の友人に、体当たりでウクライナの方々を支援している方がいます。

今年5月、友人は、支援金をたずさえ渡欧。ウクライナ難民にフリーフードを提供するポーランドのレストランで、炊き出しを手伝いました。

そしてなんと、そこで出会ったウクライナ人家族を自宅に受け入れることにしたのです。来日したのは、おばあちゃん、お母さん、お姉ちゃん、弟くんの4人(男性の出国が禁止されていたため、お父さんはウクライナに残りました)。

自宅に、見ず知らずの家族を受け入れる……。なかなかできることではありません。悔しいけれど、物理的(家)、生活状況的(子どもと学校の勉強で手いっぱい)にみて、いまの私には、できない。

さらに友人は、受け入れたご家族が日本で暮らしていくために、仕事をつくりました。そのひとつが、「おばあちゃん手作りのピロシキ」を売ることです。

おばあちゃんはまだまだ元気。本場のピロシキを作って、カフェやイベントで販売するようになりました。

イベントでピロシキを販売したときの看板。おばあちゃんの似顔絵入りです。

私が日本のベーカリーなどで見かけたことがあるピロシキとは違い、素朴で、素材を生かしたお味です。日本の「おやき」に近いかも。

以前に購入した、おばあちゃんのピロシキ。じゃがいも、ズッキーニ、りんご、3種類の味がありました。私はじゃがいもが一番好きだったな。
割ってみるとこんな感じ。見た目も日本の「おやき」みたいです。手:ムスメ

子どもたちは、日本の学校に通いつつ、ウクライナの学校のオンライン授業も受けているそうです。

ご近所の方々にはとっても親切にしていただいていて(小島慶子さんがブログでおっしゃっていた「意識変化」ができているということですよね。ご近所の方々をリスペクトします)、お姉ちゃんは、「ずっと日本にいたい」と言っているとか。日本のことを好きになってくれてうれしいけれど、彼女の祖国のことを思うと切ないです。

今月、お父さんが日本に避難し、数カ月ぶりに再会を果たしたそうです。これからまた新しい生活が始まります。

「国内外で脆弱な立場にある人たちを、気にかけていきましょう」―ミモレでブログを連載されていた大窪直子さんがおっしゃっていました。

毎日半径1.5mしか見られていないような私ですが、ウクライナだけでなく、国内外で困難に直面する方々に心を寄せ、自分の生活と地続きであることを自覚し、できる支援をしていきたいと思います。

サムネイル画像: Unsplash

 

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