これまでの話
高梨紗季(36)は、大手総合商社の受付スタッフ、バツイチ、勤続6年目。ある日、後輩の美加(28)と受付に座っていると、奇妙な女性が来た。来社票に記入した名前は「前田このみ」、訪問先は「タカナシサキ」。このみはタカナシサキと面識はなく、この会社にいるかどうか知りたいという。それはできないという美加の返事を聞くと、女は不機嫌に去っていったが……?
 

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誰かが私を調べている!?

 

「美加ちゃんから聞きましたよ、紗季さん! 身上調査されてるらしいじゃないですか。もしかして再婚話ですか!?」

「前田このみ」の来訪翌日。紗季がランチ休憩にテイクアウトのおかずを買って控室に戻ると、待っていましたとばかりに後輩たちが話しかけてくる。

「いやいや、再婚に身上調査もなにもないでしょ……そもそも再婚話、影も形もないし。同姓同名の人を探してるのよ。社員のタカナシサキって言ってたし。私ただの受付スタッフだからさ、違う人だよ」

紗季は前のめりな後輩たちに苦笑しながら席に着く。昼休憩のシフトは少しずつずらしているので、控室にいるのは紗季を含めて3人だった。勤続4年目、紗季に次いで長く在籍している玲子が、ワクワクした様子で身を乗り出す。

「でも『タカナシサキさんがこの会社にいるはず』って来たんですよね? 絶対紗季さんのことですって。事実、社員さんには同姓同名のひとなんていないじゃないですか」

「まあねえ……でも顔を見てもまるで心当たりがなかったのよ。どういう経緯なのかな……? しかもなんとなく、いい話じゃなかったような気がする」

ハイナンチキンを食べながら、紗季は昨日の様子を反芻する。去り際の前田このみの強い視線が、忘れられずにいた。

「それはアレですよ、紗季さん」

昨日現場を見ていた美加が、食後のほうじ茶をすすりながら重々しく、宣告した。