高梨紗季(36)は、大手総合商社の受付、バツイチ、勤続6年目。ある日、受付に奇妙な女性が来た。来社票に記入した名前は「前田このみ」、訪問先は「タカナシサキ」。このみはタカナシサキと面識はなく、この会社にいるかどうか知りたいという。それはできないというスタッフの返事を聞くと、女は不機嫌に去っていく。後輩たちは、その女が探しているのは紗季だろうというが確証はない。紗季は、社員であり、現在は駐在中の元夫のことを思い出していた。
「性別・人相不明」の奇妙な来客予定
「紗季さん、今日の妙な来客登録、見ました? あの情報でどうやってお客様を判別しろっていうのかしら?」
受付スタッフの控室に出社した紗季は、今日一緒に働く5人の後輩に囲まれた。
「うん、私も昨日夕方に気になって、人事部に内線してみたんだけど……どうも要領を得ないの。それで、今日の始業前に課長さんが説明してくれることになっているから、支度ができたら人事部にいってみよう」
紗季の言葉に、後輩たちはホッとした様子で頷く。
この会社では、来客情報システムに社員が重要な来客予定を入力することができる。もちろん入力がなくても、来客は受付で取り次ぐが、とくにVIP対応が必要な場合に、受付スタッフに共有される仕組みだ。受付ではその人が来たら「お待ち申し上げておりました」と歓待し、スムーズに約束の部屋に案内するというのが常だった。
しかし、今回の来客登録は、長年勤めた紗季にも要領を得ないものだった。
繊維部の亀山さん宛てに来客予定。ただし、性別、その他情報、詳細は一切不明。決して取り次がないように願います/人事部
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