自分は特別な人間であるという歪んだ自己愛が、周囲の人間を傷つける


自己愛性人格障害の特徴とはどういうものなのでしょうか? 調べてみると、自分は誰よりも優れていて特別に扱われるべき存在であると信じ、肥大した自己愛によって他人の気持ちには無頓着。共感性がほとんどなく、他人とは自分の利益のために利用するだけの存在であり、特別な扱いを受けて当然と思い込みがち。また平気で人を搾取する傾向があると挙げられていました。

当然、本当に自分に自信がある人はそのような態度をとるはずがなく、実際は内面に脆く弱いものを抱えてるため、「自分は万能だ」と思い込むことで無意識にバランスをとっているというのです。

 

カウンセラーは涼子さんに「育児休暇中で彼としか接点がないのは精神的密室にいるようなもの。できれば圭佑さんとカウンセリングや心療内科に行ってほしいが、難しければ涼子さんだけでもカウンセラーに相談したり、互助的なグループとつながったりするべき」と助言をします。

 

悩み、少しでも状況や環境を変えたいと考えた涼子さんは、さまざまな要素を検討して、人生の計画を数年早めることを決意。退職し、5年間のダブルワーク中に切り詰めに切り詰めて作った貯金で、小さな古着店をオープンしたのです。幸い、海外在住の古着バイヤーの友人の力も借りることができ、準備は順調に進めることができました。

しかし圭佑さんはますます涼子さんに当たり散らすように。「お前のくだらない趣味のせいで俺も子どもも犠牲になっている」「母親のくせに預けるなんて、母性はないのか」など、働く母親が一番言われたくない言葉で涼子さんを抉ります。ひどいときには、仕事と家事育児をこなしてへとへとの涼子さんを2時間立たせて人格攻撃をしたこともあるそうです。

この時点ですでに「洗脳状態」に近い状況だったと思われる涼子さん。「私の都合で子どもを預けるのは良くないことなんだ」と思い悩み、なんと8カ月のお子さんを内定した保育園に預けず、ずっとおんぶや抱っこをしながら買い付けや接客をしていたというのです。

自己愛性人格障害の傾向がある人は、たとえ配偶者が要求に従ったとしても、違う角度から再び攻撃してくるので、解決にはなりません。実際、保育園を断念したところで、圭佑さんは癇癪を起こし、物を蹴飛ばしたりするようになったといいます。一刻もはやく、子どもを連れて別居するべき状況です。

しかし取材中、最も衝撃を受けたのは、涼子さんが当時はまったく別居や離婚に思い至らず、「俺は何でもできるが、お前は何をしても最低だ」という夫の言葉に洗脳されていたことです。涼子さんは、逃げるという選択肢を持っていませんでした。

家庭という密室状態での精神的DVは、他人からは見えません。被害者は暴言で追い詰められていき、気が付くと身動きが取れなくなっていきます。特に涼子さんのように責任感が強く真面目であるほど、「自分が頑張れば状況や相手を変えられる」と思う傾向があるようです。まずは冷静になるために、ぜひ第三者の意見を聞いてほしいと思いました。

中編では、エスカレートする夫の言動と行動、そこでとった涼子さんの起死回生の手段を通して、問題のある配偶者との距離感と対応法について考察します。


写真/Shutterstock
取材・文/佐野倫子
構成/山本理沙