「アラフィフの壁」を無理なく、軽やかに越え続ける漫画家・コラムニストの辛酸なめ子さんが、自らのアンテナに引っかかった事象を紐解く連載です。日本中をロス状態に陥れたパンダのシャンシャンの中国返還。なめ子さんとて例外ではありません。返還直前のシャンシャンに別れを告げに行って参りました。

 


日本生まれ、顔立ちや動きのかわいさ、そして生まれついてのアイドル性


何度も返還が延期され、このまま無期延期にならないかと願っていたのですが、ついにシャンシャンが中国に行ってしまいました。中国がワシントン条約に加盟したことで、パンダが贈与でなく貸与という形になったことは理解しているのですが、シャンシャンとは別れがたい……私だけでなくそう感じているファンは多いことでしょう。むしろパンダを返す代わりにニホンザルやオオサンショウウオなど日本の生き物とトレードしないか持ちかけてほしかったです。

シャンシャンがお母さんのシンシンに宿った時、心配で動物園の近くまで行って、門の外から祈ったことが思い出されます。以来、5回は会いに行っています。その度に、シャンシャンのいるパンダ舎には長い列ができていて、人気ぶりを実感しました。大人の推し活という感じで、パンダアイテムを身に付けている人や、ガチカメラを持っている女性も多かったです。

なぜシャンシャンがこんなに人を惹き付けるのかというと、日本で生まれた待望のパンダということと、顔立ちや動きのかわいさ、そして生まれついてのアイドル性、というのが大きな魅力です。いつ行ってもかわいいポーズで、毎日がアイドル撮影会のよう。見に来る人を癒したいという使命感すら感じさせます。

人生に行き詰まりを感じた時、いつもシャンシャンが現実を忘れさせてくれた……でも、そんなシャンシャンとの時間もこれが最後です。会いに行けるパンダが、めったに会いに行けないパンダに……。最後の逢瀬のため抽選に申し込み、パンダに一念が通じたのか、返還の前の週に観覧できることになりました。

シャンシャンと会うと、日頃足りていない幸せホルモンが分泌されるのを感じます


朝の回だったからか、まだ上野動物園の入り口にも列ができておらず、パンダ舎前の列も数十人。事前申し込み制で人数が絞り込まれたようです。今までは「シャンシャンを見るだけ列」と「長時間並んで撮影可能な列」にわかれていたのが、今回は網膜に焼き付けながらも、写真撮影も可能で、SDカードに記録することができます。

 

パンダ舎に入ると、10人ほどが1グループになって、少しずつ移動しながら観覧できる段取りになっていました。1分経つとアラームが鳴って次の区画に進めます。前のグループの人が撮影しまくるシャッター音が響いていました。やっと自分の番が来て、シャンシャンが見える位置にスタンバイ。

 

部屋の片隅で、無心に竹や笹を食べている姿が見えました。こっちを向いて食べていて、そのサービス精神にも感動です。丸い顔、とがった耳、いつも笑っているような口角で、足を広げて座り、お腹の上にはキープした竹や笹が乗っています。

 

シャンシャンは食欲旺盛で、ぬいぐるみのような手で笹を持ってバキバキと食べていました。いつも自然体なのがシャンシャンの魅力。「かわいい〜」という声があちこちから聞こえます。

 

シャンシャンに伝わるかわかりませんが「日本を元気付けてくれてありがとう!」とお礼の言葉を伝え、目頭が熱くなりました。シャンシャンと会ったあとの優しい気持ち……日頃足りていない幸せホルモンが分泌されたのを感じます。

 
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