信長・秀吉は「消える」が、家康は「消えない」。3人の死生観の違い

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写真:Shutterstock

最後に信長、秀吉、家康の死生観がよくあらわれている言葉を見ていきましょう。

織田信長が好んだとされる歌に、「死なうは一定、しのび草には何をしよぞ、一定かたり遺すよの」があります。

人は誰でも死ぬものだ、生きているうちに何をするか、人は語り残してくれるだろう、生きているうちに語り草になるようなことをやるべきだ、というわけです。有名な「人間五十年、下天の内をくらぶれば、ゆめ幻のごとくなり」も同様で、自分が死んだらそれまでなんだ、ということです。生物は個体単位で消滅するとみる信長の人生観がうかがえます。

 

秀吉の辞世は有名で、「露と落ち露と消えにし我が身かな浪速のことも夢のまた夢」、やはり消えていくことがテーマになっています。まさに一代で天下をとっても、死んだらすべて夢のようなものだ、と詠んでいます。

ここには、自分の死後も豊臣家が続いて、日本を支配するヴィジョンは感じられません。秀吉の天下は、秀吉一代の夢で、大坂城築城のような即物的な大プロジェクトが彼の人生の誇りであったことがわかります。やはり、秀吉も信長と同じ「消える人生観」です。

そこで家康です。

「先に行くあとに残るも同じこと連れていけぬを別れとぞ思ふ」、これは殉死を思いとどまらせる歌です。死後に残された人にポイントが置かれていて、自分がいなくなっても徳川の世を続けよ、というメッセージになっています。

自分の死後にも世界は続き、死にゆく自分は永続することが想定されています。

消える信長、秀吉に対して、家康的世界観では「再醒」あるいは「再生」する。再び目を覚ますのです。家康は消えない、永続の世界観です。

はかない個人が夢を求めて闘争を繰り返す戦国時代は、家康によって消去されました。

だからこそ、徳川の世は二百六十年も続いたのでしょう。

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『徳川家康 弱者の戦略』
著者:磯田 道史(いそだ みちふみ)文春新書 880円(税込)

2023年のNHK大河ドラマで注目されている徳川家康。信長、信玄、そして秀吉という圧倒的な強者を相手にしてきた家康はつねに「弱者」だった。彼はなぜ天下人となったのか? 歴史学の第一人者が家康の実像に迫った。弱者だから取り得た戦略、ライバルからの旺盛な「学び」は、激動の今を生きる私たちにも参考になる一冊。

 

著者プロフィール
磯田 道史(いそだ・みちふみ)さん

1970年岡山県生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(史学)。国際日本文化研究センター准教授。著書に『感染症の日本史』(文春新書)、『無私の日本人』(文春文庫)、『日本史を暴く』(中公新書)、『武士の家計簿』(新潮新書)、『近世大名家臣団の社会構造』(文春学藝ライブラリー)など多数。


構成/大槻由実子


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