都合のいい相手は「二口女」
「そういう世間的な常識、あるべき夫像みたいなことを彼に求めるのは、筋違いだと気づきました。そもそも、彼が45過ぎまで独身だったこと、同棲と破局を繰り返していたこと、子どもは絶対に要らないと主張していたこと。すべてが世間と照らし合わせれば少数派。そしてそれが私にとってもまた、居心地が良かったし、都合も良かったんです。
それなのに今更、普通の夫でいて欲しい、庇護してほしいと思ってイライラするのは時間のムダだなと思ったんです。そんな二口女みたいな話は通らないですよね。彼を選んだのは自分自身なんだと思うと、納得ができました。私も妻らしいことはとくに何もしていませんしね」
飯を食わない、それでいてよく働く女房が来たと喜んだ男の昔話を引き合いに、由紀さんは笑います。男にとって都合が良く、おまけに食費もかからないと思われた女房は、夜中に、頭の後ろについている口から凄まじい量の食事をしていた……。この寓話は、ときに配偶者に対して理想を押し付けてしまいがちな私たちの反面教師となります。
2人の間に生じた軋轢は、どのように乗り越えたのですか? と尋ねると、由紀さんは肩をすくめます。
「乗り越えたかったんですが、その後コロナ禍まで始まって……さらにじめじめしたムードになってしまって。そして最近調べて納得したのですが、男性にも更年期障害の時期があるんですよね。50代も後半になり、彼のホルモンバランスが乱れ、気持ちに浮き沈みが出るようになってしまいました。
自宅にこもる夫婦そろって、更年期障害×更年期障害。語弊がありますが、ここに子どもや義両親、ペットがいれば雰囲気が変わる時間もあるかと思うのですが、メンタルが不安定になった2人きりの閉塞感はなかなかのものでした(笑)。本当は笑いごとじゃないんです。でも、深刻になりすぎるより、ミニマルな家族を選んだのは自分だし、もうぼちぼちやっていくしかないと諦めと達観を心がけました」
小さくとも、それぞれの部屋を確保できていたことは大きかったと由紀さん。喧嘩して顔を合わせたくないときは散歩にでて、2時間ほども歩いてクールダウンしたそう。また、お互いに調子が悪いときは過剰に反応せず、適度にほおっておくといい、というお話も新鮮でした。
このご夫婦の、どこかドライで、でもお互いの性格を理解しているからこその距離感は、立派な「チームワーク」を感じさせるものでした。相手を理解して、自分も相手も無理しすぎない方法にやんわりと着地するのです。
「夫は、今でも時々、私が子どもが欲しくなった? と確認してきます。もしも欲しくなったと言ったら、別れる気なんだと思うんですが……。冷たくも聞こえる問いかけですが、彼なりに、もし今からでも子どもが欲しくなったときは決して隠さず、我慢しないでほしいという気持ちなのでしょう。分かり辛いですが、彼の誠実さだと私は感じることができる。ちょっと変わった夫婦だとは充分わかっていますが、まあ誰にも迷惑はかけていないし、いいですよね?」
そうほほ笑む由紀さんは、年下の奥さんでいながら、信也さんをどっしりと受け止めているご様子。とても素敵なご夫婦だなと、気持ちが温かくなりました。
夫婦の数だけ、存在する選択と価値観。自分と違うそれを見たとしても、決して邪魔をしたり横やりを入れたりしてはいけないと、強く感じました。
信也さんと由紀さんがこの先も、「最小チームワーク」で、日々を幸せに過ごされることを祈っています。
取材・文/佐野倫子
構成/山本理沙
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