去年、死刑囚の冤罪疑惑を題材にしたドラマ『エルピス —希望、あるいは災い—』が大反響を巻き起こしました。日本は、刑事裁判の有罪率が99.9%と非常に高いことで知られています。もしも無実なのに犯人として逮捕された場合、起訴されてしまうと、たとえその人が無罪を主張しても有罪になってしまう可能性が極めて高いということになります。このように、「冤罪」が生み出される危険性を大いにはらんでいるのです。

冤罪は、いわれのない疑いをかけられてしまったがゆえに、身に覚えのない取り調べを受け続ける本人はもちろんのこと、その事件の被害者や家族も浮かばれません。また、野放しになった真犯人がまた別の犯罪を犯して新たな被害者を生む可能性があり、社会全体に関わる深刻な問題でもあります。
Kissで連載中の『クジャクのダンス、誰が見た?』は、元警察官の父が殺害された大学生の女性が主人公の物語。多くの謎が複雑に絡み合うクライム・サスペンスで、そこには冤罪疑惑も関わってきます。先の読めない展開にハマる人続出の注目作です。


クリスマスイブの夜、父とラーメンをすすったあとに襲った悲劇。


21歳の山下小麦は、幼い頃に母を亡くし、父・春生と2人暮らし。春生は警察官をしながら男手一つで小麦を育ててきました。すっかり成人した小麦ですが、週に1回は小さい頃から通い続けている屋台のラーメンを父と食べに行くのが習慣になっており、クリスマスイブのこの日も、父と一緒にラーメンをすすっていました(このラーメンがめちゃくちゃ美味しそう!)。

 

この後、小麦は映画を観に行く予定がありました。夜に一人で帰宅するのは危ないので、映画館まで車で迎えに行くという春生。小麦は「ホント心配性なんだから」といいつつも、映画が終わって父にメッセージを送信したのですが、なぜか既読になりません。仕方がないので歩いて帰宅したところ、自宅が激しく燃えているのを目の当たりにします。

 

自宅の火事は放火によるもので、春生は死亡。その後、春生がかつて刑事だった時に担当していた、資産家一家6人が殺された「東賀山事件」の犯人の息子が、春生殺害の疑いで逮捕されました。春生の葬儀には伯母などの親族が参列し、その中には父の下で働いており、春生殺害事件の捜査を担当している刑事・赤沢の姿もありました。

「父が生前大変お世話に……」と、赤沢に挨拶をする小麦に対して、伯母をはじめとした親族は口々に、「つらいけど…前を向いて生きていかなきゃダメよ…!!」「神様は乗り越えられない試練は与えないって」などと小麦を励まし続けます。でも、その発言にはどこか含みがあり、素直に受け止められない何かが感じられます。小麦もそう思ったのか、「前を向くかどうかは… 私が決めます」と親族を突き放します。

 

 

 

父が刑事時代に担当した猟奇的殺人事件「東賀山事件」とは?


父のお骨とともに、単身者用の住まいに引っ越してきた小春。ふと気になって、スマートフォンで「東賀山事件」を検索します。2000年7月7日に、ある資産家一家が殺害される事件が発生します。資産家とその妻に二人の子どもと、同居していた資産家の両親の計6人が亡くなりました。資産家には生後半年の末娘もいましたが、別室にいたためか助かっていました。

その後、資産家に多額の借金をしていて、近所に住んでいた遠藤力郎(当時40)が逮捕されます。犯行の動機は、借金の事実を資産家が周囲に吹聴していると思い込んだ遠藤が一方的に殺意を募らせた、というもの。この事件が世間の耳目を集めたのは、6人もの人が殺されただけでなく、全員の手足を縛った上で、資産家宅の螺旋階段に全員を吊るすという猟奇的な犯行だったからです。

いつも穏やかで優しい父が、このような事件を担当していたことなど全く知らなかった小麦は、葬儀場では涙一つ見せなかったのに、父を思い出して涙を流しながら眠りにつきました。

 

翌日、春生と通った屋台のラーメン屋に足を運んだ小麦。そこで、ラーメン屋の店主・柴田から、春生から預かっていたという手紙と封筒を受け取ります。クリスマスイブの夜、小麦が映画館に行ったあと、春生が屋台で手紙をしたためていたというのです。

封筒の中には現金300万円が入っていました。手紙には、小麦の存在に自分が救われていていたという感謝の気持ちが綴られたのちに、「私が誰かに殺されたとして、以下に挙げる人物が逮捕・起訴されたとしたらその人は冤罪です」と書かれていました。そこには6人の人物の名前が記されており、今回、春生殺害の容疑で逮捕された遠藤友哉の名前もありました。そして、6人の誰かが逮捕された場合、同じく手紙に記された弁護士にその人の弁護を頼んでほしいとあり、300万円はそのための弁護費用だというのです。

 

詳細な経緯などは、小麦の身に危険が及ぶ可能性があるということで、春生は何も書き残していませんでした。しかし、「私が殺されたとしてもやむを得ない部分はありますが いわれもない罪で苦しむ人を出さないためにも 小麦に助けを求めるしかありません」というのです。父を殺された上に、逮捕された人間が犯人ではない、と父直筆の手紙で伝えられた小春は動揺を隠せません。


周囲の人間が誰も信じられない。“クジャクのダンス”の真実とは?


クリスマスイブのラーメンから一転して父が殺害され、さらには逮捕された犯人が冤罪かもしれないという怒涛の展開にあっと驚かされます。小麦は早速、手紙に記された弁護士・松風義輝の元を訪れますが、松風は父のことは全く知らず、会ったこともないとのこと。松風にしてみても、被害者の娘が、犯人と疑われているかもしれない人間を弁護してほしいと言っても、にわかには信じられません。

唯一の肉親を失った主人公が、真相を突き止めようと動き出す――、というストーリーはクライム・サスペンスにはよくある展開かもしれません。しかし、殺された父は自分の死を予期しており、手紙やお金を遺していました。ところが、そこに記された弁護士の松風は春生のことを知らず、なぜ彼の名前を挙げたのかは謎のまま。父の犯人を逮捕した刑事・赤沢も親身になってくれますが、どこか謎めいた部分が感じられます。そもそも父がかつて現役の刑事時代に関わった「東賀山事件」も、犯人が逮捕されて一応の決着はついているものの、明るみになっていない事実がありそうです。

「東賀山事件」の犯人の息子・友哉は怨恨から春生を殺害したとされていますが、20数年後の今になってなぜ犯行に及んだかは本人が黙秘していることもあり、明らかになっていません。小麦の幼い頃から成長を見守ってきたラーメン屋の柴田、小麦を心配しているように振る舞いつつも、どうも信用できない伯母、「東賀山事件」を追い続けている週刊誌の記者など、小麦の周囲にいる人間は誰一人信用できなさそうです。唯一の望みになりそうな弁護士・松風は、悪い人間ではなさそうですが、小麦の味方になってくれるかどうかは未知数です。たった一人の家族を失った直後の小麦にとって、信じられる人がいない状況は、かなり過酷であることには違いありません。小麦は、見た目はおっとりした感じですが、意外と行動力のある女性のようで、彼女なりに真相に迫ろうと動きはじめます。しかし、なかなか一筋縄にはいかないようです。

物語を読んでいる読み手もまた、誰一人として信用できない状況に置かれることになるため、登場人物の何気ない言葉や行動についても、裏があるのでは? と疑わずにはいられなくなります。元警察官放火殺人事件と、20年以上に発生した一家6人殺害事件の間には一体何があるのでしょうか? また、父を殺して逮捕された友哉は、本当に冤罪なのでしょうか?

またもうひとつの大きな謎といえば、『クジャクのダンス、誰が見た?』という不思議なタイトルではないでしょうか。実はこれ、小麦が小学生の頃に春生から聞いた「ジャングルの中で踊るクジャクのダンス、誰が見た?」という言葉から来ています。

ジャングルの中でクジャクが踊っているのを誰も見ていなければ、存在していないことと同じではないか、という問いかけの言葉で、本当のことを知っているのはクジャクだけ。たとえ誰もみていなくても、クジャク自身が自分に嘘をついていたとしても、踊っていたという事実からは逃れられない。まさに「冤罪」を連想させるメッセージなのです。

本作における、“クジャクのダンス”は何なのか? そしてそれを見ていた人は誰なのか? 2023年4月に単行本2巻が出たばかりですが、謎が深まるばかりで、登場人物も増えてますます複雑な展開を見せていきます。

作者の浅見理都先生は、型破りな裁判官が主人公で、ドラマ、映画化もされた『イチケイのカラス』の原作者。本作には、国際法律事務所による法律監修と、多くのドラマや映画を監修する「チーム五社」所属・志保澤利一郎氏の警察監修も入っているだけのことはあって、リアリティ抜群。鬱蒼と茂ったジャングルの中、小麦は真実にたどり着くことができるのか?

 

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『クジャクのダンス、誰が見た?』
浅見理都 講談社

警察官だった父が殺された。逮捕されたのは、父がかつて逮捕した殺人犯の息子。事件はそれで終わったはずだった──。しかし、父の手紙が見つかったことから事件は再び動き出す。父を殺したのは、一体誰だ!? 映像化もされた『イチケイのカラス』の浅見理都が手がける、衝撃のクライムサスペンス。