厚生労働省の発表によると、2022年の自殺者数は2万1881人となり、前年比で4.2%増加しました。増加に転じたのは2年ぶりで、小中高生の自殺者数が514人で1980年の統計開始以降で初めて500人を超えたことも明らかになりました。長期化するコロナ禍の影響があると見られますが、厚生労働省は、「自殺は、その多くが追い込まれた末の死である」と指摘。誰にも助けを求められないまま、自ら死を選ぶ人もいます。一方で、自死を選んだ人の身近にいる人も、「何かできなかったのか」「自分が自殺の一因になったのではないか」と自らを責めるなどして、心に深い傷を負うことも少なくありません。BE・LOVEで連載中の『ハコニワノイエ』は、ある女性の高校時代にいた唯一の友人が自殺し、遺児である2人の子どもを引き取る物語です。自死遺児という重いテーマを扱った本作ですが、いま、SNSで話題を集めています。


空気が読めない心理学者の元に届いた、一通の手紙。


物語の主人公は、筑都大学心理学研究センターに籍を置く心理学者の天根清子准教授(あまねきよこ)。思ったことをすぐ口に出してしまう、空気が読めない天根は、周囲から変わり者だと思われています。ただ、それが悪気あっての発言ではないことも理解されているようで、職場の居心地は悪くなさそうです。

天根も自分の性格は自覚しているので、気心の知れた友達はいなくとも、自分ひとりしかいない、私だけの“小さな箱庭”という世界を守っていければそれでいいと考えていました。

 

そんなある日、研究室に手紙が届きます。それは高校時代の唯一の友人の葬儀の案内と、彼女からの遺書でした。葬儀会場に赴くと、彼女の父親が、自殺を選んだ友人のことを、「俺たちがお姫様みたいに甘やかして育てたから 自殺をするような弱い人間になってしまったんです」と弔問客に話しているところを耳にします。弔問客もまた、14歳で中学生の悠斗(はると)と、4歳の凛音(りおん)という2人の子どもを遺して死を選んだ彼女の話を口にしていて、当の子どもたちは居たたまれない雰囲気にじっと耐えているようでした。

 

さらに追い打ちをかけるように、弔問客が悠斗たちのそばに近づき、「もう凛音ちゃんには悠斗くんしかいないから… 面倒見てあげてね」と声をかけていました。そこに割って入ったのは天根。彼らは母を亡くしたばかりであり、そうでなくても、まだ子どもである悠斗が凛音の面倒を見ることはない。今はただ、悲しみをしっかりと受け止めることが必要だと発言します。そして、遺書で依頼を受け、子どもたちを引き取りに来たと宣言したのでした。

 
 


葬儀会場で囁かれる、心ない言葉に怒る心理学者。


天根にとって、その友人は高校時代だけの付き合いで、その後は十年以上交流がありませんでした。なので、遺書で依頼されたとはいえ、2人の子どもを引き取る義理はどこにもありません。ましてや天根は、他者との距離を保ち、一人の小さな世界を大切にしたいと考えている人間です。そんな彼女が、葬儀会場で2人の面倒を見ると言ったのは、あの会場での雰囲気や、親族などの心ない言葉に珍しく感情的になってしまったからなのでした。それというのも、友人は両親から虐待を受けていたことを知っており、彼女が死してなお、両親にひどい言葉を吐かれていたことが許せなかったというのです。

 

そういう背景を話した上で、天根は悠斗に、自分はもともと神経質で短気な人間であり、良い保護者になる自信がないので、出て行きたくなったら正直に言ってほしいと告げます。「俺たちが荷物になるなら今晩だけ泊めてもらえたら 明日には出ていきます……」と、制服のパンツをギュッと握りしめながら答える悠斗。

その様子を見た天根は、あることに気が付きます。彼が葬儀会場でも服をぎゅっと掴んでいたことを思い出し、「妹さんを殴りたかったのですか?」とたずねます。当然のことながら否定する悠斗。でも、天根は冷静に、自分は辛くても泣くことすらできず、周囲からは兄としてしっかりしろと言われるばかり。母が亡くなったという事態を把握できずに笑っているだけの妹を見て腹立たしくなったのではないか、と指摘したのです。

 

感情を抑えてひた隠しにしてきた本心を指摘され、怒りをあらわにする悠斗に対して、天根はまだ14歳の子どもであり、母が自死したという理不尽な現実や、妹を殴りたい自分を許し、悲しんでいいと彼を受け止めます。そして、悠斗に友人から届いた遺書を見せます。そこには、自分はもう生きることを頑張れないけど、宝物である子どもを託したい、という願いが綴られていました。
 

“ハコニワ”で始まる、疑似家族の新しい生活。


確かに天根は空気が読めず、言葉をオブラートに包むことなく相手に投げてしまうので、相手を面食らわせてしまうことがあるかもしれません。でも、彼女の言葉はどこまでも真っ直ぐで、変な忖度や嘘はありません。また、彼女がズバズバと言葉に出してしまうのは、むしろ相手の気持ちを嫌というほど感じ取ってしまい、それをなんとかしたいという優しさからくるものでもあります。その方法が直球すぎるがために、相手を混乱させ、不快に思わせてしまうのかもしれません。

そんな彼女が珍しく感情的になって子どもを引き取ると決意したものの、案の定、彼女の性格に起因したトラブルが続発します。有能な心理学者として、悠斗や凛音、そして自分がどういう心理状況にあるのかを分析するのは得意のようですが、その知識通りに行くとは限らず、苦戦を強いられてばかりです。

天根が自分の性格を熟知し、守り続けてきた自分だけの“小さな箱庭”に、突然入ってくることになった子どもたち。天根の人生とは最も遠いところにある存在と言っても過言ではない子どもたちとの暮らしは、天根自身を変えていくことになるようです。また、母を失った直後で、その事実をすぐには受け入れられない悠斗や凛音も、戸惑いの連続ではありますが、変わり者だけど冷静な天根に救われているところもあるようです。

自死や、残された遺児という重いテーマの作品ではありますが、“ハコニワ”で暮らしはじめる赤の他人同士は、この先どう成長していくのでしょうか。単行本1巻が5月12日に発売されたばかりなのですが、早くもツイッターで「続きが早く読みたい!!」「途中泣きそうになったわ…⋯ 」など、反響ツイートが続々とあがってきています。不器用で、心に傷を抱える疑似家族の彼らが幸せになってほしいと応援したくなる作品です。

 

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『ハコニワノイエ』
小森江莉 講談社

ある日、空気が読めない変わり者の心理学者・清子(きよこ)の元に届いた一通の遺書。かつての、そして唯一の友人からの最期のお願いで「自死遺児」の兄妹・悠斗(はると)と凛音(りおん)を引き取ることになり――。
一つ屋根の下、「普通の幸せ」から外れた3人が紡ぐ哀しくも可笑しなサイコロジカル・ファミリーストーリー。