新型コロナにかかって、本当に「嬉しいこと」を発見
──自分の価値観を切り替えていくことで、対人関係に変化はありましたか?
ありましたね。かつては「人を出し抜いて1番になってやろう」「誰よりも先に私がゴールしてやろう」と力んでいたのですが、この頃になってやっと「自分が1番になってゴールを切ったとしても、1週間も経てば何の価値もなくなってしまう」と思うようになりました。たとえば、私の著書が評価されて重版がかかっても、1カ月後には新しい本がどんどん出て、忘れ去られている。だったら、自分にとって本当に嬉しいことって何だろう?──そう思い始めた頃に、新型コロナにかかってしまったんです。そうしたら、周りの人が庭先に停めてある自転車のかごに食料を入れに来てくれたりと、いろいろ助けてくれたんですよ。それがすっごく嬉しかったんです。
──独り勝ちではなく、他人と助け合える関係を築くことが、一田さんにとって本当に嬉しいことだったのですね。
「人のために生きる」なんて使い古された言葉ですけど、その良さがこの歳になってようやくわかりましたね。先ほど対人関係が変化したと言いましたが、それは相手の反応が違ってきたのではなく、私自身の他人の見方が変わったのだと思います。結局、対人関係って自分の心を映す鏡なんですよ。
人に望むより自分が率先してやった方が楽だった
──そうやって他人を思いやれるようになると、生きづらさも軽減されそうですね。
勝間和代さんが「人を引っ張っていくならGIVEの5乗が必要」みたいなことを書かれていたんですよ。本当にその通りだなと思います。それこそ3~4年前は、自分の都合ばかりで「どうして私だけ一生懸命で、誰も手伝ってくれないんだろう」と勝手に悩んでいたんですけど、勝間さんのメッセージがきっかけで、人に望むより自分が率先してやった方が楽だということに気づきました。「何でやってくれないんだろう」モードになると、どんどん人を悪い方向に見て、結局、自分が苦しくなるんですよね。
──今は「何でやってくれないんだろう」とは思わなくなったんですね?
それが、たまに思っちゃうんですよ(笑)。そこまで立派な人間にはなりきれていませんが、イライラした時に、「私の考え方を少し変えたら直るのでは?」と考えるようにはなりました。壁を突破しようと真正面からガンガンぶつかっていた人が、壁を迂回して通り抜けることを覚えたという感じですね。
──「他人を変えるのではなく、自分の考え方を変える」といったアドバイスは自己啓発本などでよく目にしますが、一田さんのように実際に対人関係でもがき苦しんだ経験がないと実践できないかもしれないですね。
本当にそう思います。若い頃は苦しいことがあると「人生最悪!」みたいな落ち込み方をして、その苦しみを避けることばかり考えていたんですけど、今となってはそんな嫌な経験をしたからこそ得られるものがあったのだとつくづく思います。嫌な経験をしても、これが次の役に立つと前向きに思えるようになりました。それが歳を重ねる良さかもしれませんね。
インタビュー第2回は7月2日公開予定です。
『明るい方へ舵を切る練習』
著者:一田憲子 大和書房 1650円(税込)
ままならないことも多い日常を、いかにして機嫌よく乗り切っていくか──『暮らしのおへそ』編集ディレクター・イチダさんが、四季折々の暮らしの中での発見や工夫をつづります。肩ひじを張らない、等身大の暮らしぶりや考え方が魅力で、共感できてほっこり気分にもさせてくれるエッセイです。
取材・文/さくま健太
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