「自分の正しさ」を手放せない時は、広い世間に目を向ける


──一田さんが自著『明るい方へ舵を切る練習』の中で「苦しさから逃れるための方法は、『自分の正しさ』を手放すということ」と書かれていたのが印象的でした。これってとても難しいことだと思いますが、実践するコツはありますか?

確かに、1対1の関係性の中で「自分の正しさ」を手放すことって難しいと思います。相手の方が間違っている気がするのに、「自分が正しいと思うのをやめよう」とはなかなか考えられないですよね。そういう時は広い世間に目を向けて、いろんな価値観があることを意識するといいと思います。そうすると、どっちか片方を肯定・否定するのではなく、「どっちもありだよね」くらいには思えるようになるかもしれません。

──世の中の多様性を認めるわけですね。身近なところで多様性を認識したエピソードはありますか?

私は『暮らしのおへそ』という「暮らし系」と呼ばれる雑誌で仕事をしていますので、かつお節と昆布でだしを取るのがオーソドックスになっていますけど、ライフスタイルが違う人はだしの素を使ったりするじゃないですか。どっちが偉いという問題ではないけれど、暮らし系の中だけにいたら、だしの素を否定しかねない。でも、めちゃくちゃ忙しいお母さんは、ていねいにだしを取っている時間なんてないわけですよ。そういう事情がわかれば、「どっちもありだよね」となりますよね。そうやって、自分の考えが世間にたくさんある正解の中の一つにしか過ぎないことを理解しておくと、自分の正しさを手放すきっかけになると思います。

「好きなことが仕事じゃないと幸せではない?」一田憲子さんが実践する「自分の正しさ」を手放すこと_img2
写真:Shutterstock


好きなことが仕事じゃないと、幸せではないのか?


──多様性を認識するには、そうやって自分のテリトリー以外にも目を向けることが大事ですね。一田さんはどんな方法で多様性を学んでいますか?

本を読んだり、インタビューを聞いたりと、もっぱらメディアからですね。物理学とかIT系とか、できるだけあまり知らないジャンルのものを見聞きするようにはしています。全然知らない人の記事でも感動することが結構あるんですよ。そうやって気になる人を見つけると、興味がなかったジャンルでも深く知りたくなりますよね。そうやってちょっとずつ自分の扉を開けていっています。

 

──多様性を知り、自分の正しさを手放せるようになって、気持ちも楽になりましたか?

そうですね。正解を一つに絞っていたら、そこを踏み外した時に「世界は終わった」というくらい落ち込んでいたと思いますけど、いろんな正解があると認識してからは、「間違っていたら違う道を選べばいいだけ」と気楽になれた気がします。

──そうやって気持ちを楽にすると、違う価値観もすんなり受け入れられるでしょうし、自分の間違いも素直に認めることができるでしょうね。

そう思いますね。たとえば、私は好きなことを仕事にするのが幸せだと思っていたのですが、ある時、私が主宰するライター塾の生徒さんに「好きなことが仕事じゃないと、幸せではないのでしょうか?」と質問されてハッとしたんですよ。その生徒さんは主婦で、家族のためにパートで働き、その給料で子どもの学費を払い、残ったお金を自分の楽しみのために使っていたんです。好きなことが仕事になってはいないけど、それで幸せでないとは思いたくない。そうなると、「好きなことを仕事にするのが幸せ」という私の考えは間違っていないにしても、たくさんある正解の中の一つでしかないことがわかるんですよね。