「歌がめちゃうまい」2番目の妻ともラブラブ
マリアの死を乗り越え1年半が過ぎた頃、バッハは2番目の妻アンナと再婚を果たします。二人の間には、なんと13人の子供が生まれたのだそう。ちなみに、「アンナ自身も実は有能な音楽家で、バッハも『歌がめちゃうまい』と妻を評した」というエピソードも、なんだか微笑ましい限り。
前妻のマリアとバッハ、そしてアンナとバッハは、いずれも子供たちに熱心に教育をほどこしたことでも知られているそう。バッハは、「ドレスデンのバッハ」と呼ばれるヴェルヘルム・フリーデマンのほか、子供たちを才能ある作曲家に育て上げた優秀なパパでもあったようです。
二人が結婚して以来、バッハが65歳でその生涯を終えるまで、アンナは常にバッハのそばで作曲活動を支えました。「書き殴って読みづらいバッハの楽譜を清書したのもアンナで、それを続けるうちに筆跡もバッハに似せてくるという仲睦まじさである」という渋谷さんの解説に、夫婦の絆の深さがうかがえます。
筆跡似すぎ!? 研究を阻害するほどの夫婦愛
ただ、実はこの夫婦愛が今のバッハ研究を阻んでいるのだとか。あまりにも筆跡がそっくりすぎて、どっちが書いたものかわからない。さらに、本当にバッハが作曲して妻が清書したのか、音楽に精通している妻のほうが作った曲なのか、という問題が起きているのだそう。
「現代であれば作曲ユニット・バッハとして二人で作ったと言えば済む話なのだが、音楽研究としてはそうはいかないわけで、二人の仲のよさに今も翻弄されているのを草葉の陰でアンナが見ていたら、くすくす笑っているような気がする。いや、バッハが亡くなってからも慎ましく暮らした真面目なアンナのことだから、それを申し訳なく思っているかもしれない」と渋谷さん。もしも、作曲者名に妻の名前も併記! なんてことになったら、アンナさんは音楽家として喜ぶだろうか? それとも妻として悲しむだろうか? なんて、余計な想像までしてしまいます。
最後に、渋谷さんは「音楽の父」バッハについて次のように評しています。「才能あるアグレッシブな男。そして妻と子を養う責任感のある男。自分の仕事を手伝えるようになるまでに子供たちを教育した男。外の女の刺激がなければ技を向上できないと言わない男。そして何年経っても妻とベッドを共にする男。バッハは類まれな愛に溢れた才能豊かな男性だ」。そんなバッハのエピソードを締めくくる曲として、渋谷さんは「G線上のアリア」を選びました。
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本書を読んだ後は、学校の音楽室の「怖い絵」だった偉人たちが、なんだか妙に愛らしく、人間らしく思えてくるから不思議です。渋谷ゆう子さんの豊富な音楽知識と共に語られる、偉人たちの人生と愛――。「クラシック音楽への入り口はたくさんあっていい!」と気さくに提案してくれる本書から、名曲を紐解いてみるのも面白いかもしれません。
著者プロフィール
渋谷ゆう子さん
香川県出身。大妻女子大学文学部卒。株式会社ノモス代表取締役。文筆家。AudioStylistR。音源制作、コンサート企画運営のほか、演奏家支援セミナーや音響メーカーのコンサルティングを行う。ハイレゾリファレンス音源のプロデュースや、日本で初めて陸上自衛隊基地における実弾録音プロジェクトに加え、立体音響システム360RealtyAudioの開発支援を行うなど、新しい技術での音源制作に定評がある。音楽ジャーナリストとして国内外での取材活動を行うほか、音楽雑誌やオーディオメディアでの執筆多数。著書に『ウィーン・フィルの哲学〜至高の楽団はなぜ経営母体を持たないのか』(NHK出版)がある。
『名曲の裏側 クラシック音楽家のヤバすぎる人生』
著者:渋谷ゆう子 ポプラ社(ポプラ新書) 979円(税込)
恋愛不遇のベートーベン。ワーカホリックの変人モーツァルト。コミュ障で病弱なショパン。クラシック史上一番のモテ男リストなど。クラシック音楽の高尚で優美なイメージからは程遠い、作曲家たちの意外な人生の側面にスポットを当てることで、より身近にクラシック音楽を感じられること請け合いの一冊。著者である渋谷ゆう子さんが女性目線で作曲家たちにツッコみを入れるなど、軽快なタッチの文章も本書の魅力! 名曲のプレイリストのほか、クラシック音楽をもっと楽しむためのコラムも大充実です。
写真/shutterstock
構成/金澤英恵
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