ひとりきりの生誕祭
麻紀さんが30代前半の頃は、理解のある誠也さんと夫婦仲も極めて良好。お子さんたちも「ママの好きな人、テレビ出てる! 早く早く!」など、ノリよく応援してくれていたそう。
そんななかで、麻紀さんは、ファンのSNSで「推しのお誕生日会」の様子を見てしまったといいます。
「ファンクラブ会員限定などで、ご本人に会えるイベントでしょうか?」と尋ねると、麻紀さんは首を振り、スマホに入った写真を見せてくれました。
そこには、少々無機質な部屋を、究極にデコレーションしたお誕生日会の様子が写っています。しかし人はおらず、テーマカラーに沿った手のこんだアイテムや、豪華で大きなホールケーキ、モニターに映ったアイドルの写真……なるほど、ファン同士で推しの誕生日を祝うのだと思いました。
「いいえ、これは以前、私がひとりでホテルの部屋をデコレーションしたものです。推しの生誕を祝うため、会社を家族に内緒で休んで、ビジネスホテルのデイユースを使ってやるんです」
と麻紀さん。誰に見せるわけでもない、いわば究極の「自己満足」のための楽しみ。確かに写真を拡大すると、モニターの前に鎮座する2段重ねのホールケーキの真ん中には、写真のような飾りがあって、麻紀さんの推しのアイドルが微笑んでいました。
次の写真にはなんとシャンパンタワーが。テーマカラーがここでも効果的に使われています。
少々話は変わりますが、さまざまなご夫婦に取材を重ねてきて、配偶者の趣味に寛容であるかどうかは、言葉は悪いですがパートナーに「実害」があるかどうかが大きいと思っています。
つまり、配偶者が楽しそうなのは構わないけれど、それによって何か自分に不利益がある場合は話が違う。家のなかが荒れてしまう、自分の家事負担が増える、そして生活費や家族のお金が減ってしまうなどがそれにあたります。
とっさに考えたのは「このホテルのお誕生日会はけっこうコストや手間がかかっているな」ということ。もちろん麻紀さんはきちんとお金を稼いでいる自立した大人ですから、このくらいの出費や自由はあってしかるべきです。
しかし、このパワーとお金と時間を家族と共有せず、ましてや秘密にする場合、なんらかの軋轢がうまれる可能性を感じました。
「いくら寛容な夫でも、貴重な有給休暇をとって、1人で都内のホテルに籠ったらいい顔はしないと思い、内緒にしていました。でも、すごく楽しみにしていて、多分知らずに尋常じゃなくウキウキしているのが漏れていたと思います。そしていつも夫は鷹揚に構えてくれていたので油断していて、自分名義のカードをホテルで切ったその控えを処分せず財布に入れたまま。月末に家計簿用のレシート入れに紛れ込ませてしまいました。
『ねえ、このホテル、何?』と突きつけられたとき、浮気現場に踏み込まれたかのように、サーッと血の気が引きました。心のどこかで、お金を使いすぎている、好き勝手しすぎているという後ろめたさがあったんです。夫の硬い表情にはっとしました」
円満そのもの、「推し活」とうまく夫婦生活、家庭生活を両立していたかに思えた麻紀さん。しかしやはり、少しずつ綻びが生じていました。
後編では、夫の誠也さんがなぜ次第に苛立ちを募らせたのか、そして決定打になった驚きの行動を検証します。
取材・文/佐野倫子
構成/山本理沙
Comment