——娘さんは家ではどのようなご様子でしたか?

とにかくよく泣いて、寝てくれないんです。細切れ睡眠で、午前1時に目覚めて午前3時まで、寝ないことがよくありました。

朝は5時には目覚めて泣き出し、家の中にいるとずっと泣き続けます。仕方なく装具を装着する前の生後3ヵ月頃までは抱っこひもで、股関節脱臼の装具で股関節が固定されるようになった生後8ヵ月ぐらいからは、主治医の許可を得て椅子タイプのバギーに乗せ、ひたすら近所を徘徊していました。止まると泣いてしまうので、動き回るしかなかったのです。

——心が安まる時間がありませんね……。

そうですね……。バギーで歩き回っていると、午前中少し眠ってくれます。そのわずかな時間、30分程度が、私の休憩時間でした。コーヒーを飲んで、一息ついて、カフェのお姉さんとたわいもない会話をする。それが唯一、私らしく穏やかでいられるひとときだったかもしれません。

——「この子、何か違う……?」というようなことをうっすらと感じ始めたようなことがあれば教えていただけますか?

離乳食を開始したころには、スプーンをうまく握ることができませんでした。ほかの赤ちゃんはスプーンを持たせると、ヨーグルトを上手にすくって食べているのですが、娘はスプーンを握ろうとせず、握らせてもきょとんとしていて、使い方がわからないようでした。道具を当たり前のように使えない、スプーンひとつ握らせて、食べるという行為を教えることがこんなにも苦労することだなんて、思ってもみませんでした。コップ飲みも上手くできなくて、心配になりました。2歳近くまで、ストローでしか水分は飲めなかったのです。

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——2012年に時短勤務で復職されたとのことですが、当時はいつまで時短勤務が認められていたのですか?

子どもが小学校3年生の年度末までです。復職後は人事や労組に通い、長女の障がいについて伝え、時短勤務の申請など働き方の相談にのってもらいました。でも、当時の制度内では、最大限の解釈をして活用することはできても、制度の範疇を超えてしまうことはどうにもならなかったんです。

会社の労働組合を脱退していた時期もありました。私ひとりで娘を守って生きていくしかないと思い、自暴自棄になっていたのです。そんなとき、労務担当の役員や管理職から「ほかにも社内に同じような親がいるのなら、一緒に親の会を作って労組に戻り、労組を通して、会社と交渉してごらん」と背中を押してもらったのです。

——それで親の会ができたのですか?

はい。アドバイスをもとに、当時支えあっていたママやパパたちと、社内で2016年11月に親の会を作りました。その後、労組に戻って会社と交渉を続けた結果、2017年度に、子の年齢に関係なく、子の状態によって短時間勤務の申請をすることができる「障害児育児支援制度」ができました。コロナ禍では在宅ワークが増え、さらに2022年度には、障がい児や医療的ケア児については18歳まで、ベビーシッター費の半額補助の申請ができるようになりました。
 

——社内の制度を変えただけでなく、今は活動の幅を社外にまで広げていらっしゃいますよね。この活動を続けている決意を教えていただけますか?

当事者が声をあげない限り、当事者に必要な制度や法律はできません。

けれど、私たちのような家族は日々のことでいっぱいいっぱいで、声を上げることができない場合も少なくありません。ただでさえ子どもを育てながら働き続けることは大変です。どんなお子さんだって、いつ不登校になったり、病気や怪我で障がいを負ったりするかわかりません。親自身もそうです。心身に不調を抱えている人もいます。

私たちのような家族が働きやすい環境は、どんな人にとっても暮らしやすいと思います。風通しのよい多様性を認め合う社会になりますように。そんな思いを込めて、これまでどのように娘を育ててきたか、そして現在はどのように過ごしているか。私と娘の日々をこの連載でお伝えしていきます。

第3回はこちら>>>【障がい児を育てながら働く③】「知的障がいの疑いがある」1歳半で医師に言われた言葉が、ずっと心にひっかかり……

著者プロフィール
工藤さほ

1972年12月生まれ。上智大学文学部英文科卒。1995年朝日新聞社に入社。前橋、福島支局をへて、東京本社学芸部、名古屋本社学芸部、東京本社文化部で家庭面、ファッション面を担当。2012年育休明けからお客様オフィス、2019年から編集局フォトアーカイブ編集部。こども家庭審議会成育医療等分科会委員。
東京都出身。


★「障がい児及び医療的ケア児を育てる親の会」は、朝日新聞厚生文化事業団の共催で2023年7月にオンラインによる連続セミナー「障がい児・医療的ケア児の親と就労」の第1回「障がい児を育てながら働く 綱渡りの毎日」を開催しました。

★第2回セミナーは10月21日(土)午前10時~、オンラインにて開催します。「取り残される障がい児・医療的ケア児の親たち」をテーマに、障がい者の家族の暮らしを研究している佛教大学教授の田中智子さん、厚生労働省、こども家庭庁の担当者を招きお話を伺います。(セミナーは10月18日(水)18時申込〆切)
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構成・文/工藤さほ
編集/立原由華里
 

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