1955年にアメリカ南部のミシシッピ州で黒人少年が惨殺された「エメット・ティル殺害事件」。映画『ティル』はこの悲劇的な事件に向き合い、勇気を出して立ち上がった母親に焦点を当てています。日本人にとって馴染みが薄い歴史の一部なのかもしれませんが、SNSを通じて全世界から関心を集めたBLM(ブラック・ライヴス・マター)運動の原点であることを知れば、見方は変わるのかもしれません。社会を大きく動かした気高く、エレガントな一人の母親の物語として見逃せません。
「今、語るべき物語」に一流の制作陣が集結
今から約70年前の事件をもとに、初めて劇映画化されたのが『ティル』です。主人公はイリノイ州シカゴに住むメイミー・ティル(ダニエル・デッドワイラー)。夫が戦死して以来、空軍で唯⼀の⿊⼈⼥性職員として働きながら、1人息子で14歳のエメット(ジェイリン・ホール)と平穏な日々を送る様子が映し出されていきます。50年代のファッションを象徴する「ニュー・ルック」スタイルのスカートを中心に着こなすエイミーの姿も魅力たっぷりです。
幸せそうに過ごす2人でしたが、事件は起こってしまいます。息子のエメットが初めて生まれ故郷を離れ、黒人差別が色濃く残るミシシッピ州の親戚宅を訪れた際に飲⾷雑貨店で⽩⼈⼥性に向けて「⼝笛を吹いた」ことで⽩⼈の集団から怒りを買ってしまうのです。周りの大人も抵抗すらできず、エメットは壮絶なリンチを受けた末に殺され、川に投げ捨てられるという悲劇に襲われます。
実話であることに驚きを覚えるなか、変わり果てた姿になってしまったエメットと対面したメイミーは、この陰惨な事件を世に知らしめるため、ある⼤胆な⾏動を起こしていきます。メイミーの息子に対する深い愛情と、気高い正義感がストレートに伝わってくるはず。髪型から足元まで全身抜かりないお洒落さもメイミーの気品を表し続けています。何より、絶望が希望に変わっていく瞬間は見逃せません。悲劇に巻き込まれた息子を思って行動する1人の母親の視点から物語が進んでいくため、その描き方からも共感を得やすいものにしています。
本作の脚本を手掛け、メガホンも取ったナイジェリア出身のシノニエ・チュクウ監督も実際に「もしこの母親がいなかったら、息子エメットの悲劇的な事件の記憶は空中に消えていたでしょう」と語っています。語るべき物語として、集まった製作メンバーからも本気度が伺えます。アフリカ系アメリカ人の俳優として最も名高いウーピー・ゴールドバーグは祖母役として出演し、本作の製作にも関わっています。ほか映画「007」シリーズを手掛ける⼀流陣が名を連ねています。
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