無戸籍児が生まれる複雑な背景

元夫が自分の母親と不倫関係にあったことが発覚、さらに元夫に「お前が家に戻ってきたら子どもを全員殺す」と脅され、着の身着のまま逃げ出したり、元夫が娘に性的虐待をしていたり。そういった事情から、新たな夫との子どもの法律上の父親が元夫になることを避けるため、子どもが無戸籍になった……ほかにも紹介される当事者たちの家庭環境も複雑極まりなく、取材したメディアが「読者が混乱するから」とディテールをカットするほど。家族関係を追うだけで頭が混線状態になります。

無戸籍で生きる「市子」の半生から見える、“存在しない”ことにされてきた人々の境遇と法律の不完全さ_img0
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無戸籍の人たちの履歴書に「学歴」はありません。大学や高校に行っていない? いえ、中学校にも、小学校にも行っていません。無戸籍だと役所から「就学通知」が来ないからです。無戸籍の人は、基本的に住民票を持っていません。

健康保険証もないので病院にかかったときの医療費がすべて自己負担となる。もちろん、健康診断、予防注射といった行政サービスも受けられない。年を重ねて成人になっても選挙権もない。銀行口座を作ることもできないし、携帯電話の契約すらできない。何より身分証明書がないから、就労は困難を極める。(p23)

 

選択肢のない人生

身分証明書がないがゆえに、就ける仕事は限られる。そのため、必然的に多くの場合、夜の仕事などごく限られた場所が彼らの居所になります。また、正社員になることを打診されても、無戸籍であることがバレることを恐れて断ったという人もいます。アパートを借りられず、ホテルや路上生活の往復で、「家」というものに住んだことがないという人もいます。そんな環境下で職業選択が著しく限られ、常に最低限の条件で働かざるをえず、経済的な不安定さが付き纏います。

あらゆる行政サービスは、戸籍があって、その存在が把握されているがゆえに提供されます。無戸籍の人たちが役所に行っても、想定されていないがゆえに対応もバラバラ。部署をたらいまわしにされ、疲弊してしまうと言います。

つくづく、マジョリティの特権とは、「気にしなくていいこと」なのだと思い知らされます。私たちが日常を生きていて、「戸籍があること」、それにより権利を行使していることを意識することがあるでしょうか。それを持たない彼らは、常にあらゆる制約を受け、選択肢を奪われ続けるのです。