平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。

 


第59話 豪華な幻想【前編】

 

「わあ~、ここ何!? ホテルっぽいけどマンション!? マジゴージャス!! さすが東京、こんなとこに住んでたら女王様気分だよね」

このタワーマンションは、ゆるやかな十数段の階段の上にエントランスがある。今、女子高生たちが興奮気味におしゃべりしながら歩いている場所も、正確にはマンションの敷地内。でもまったく気にならない。それどころがエントランスを見せてあげたいような気分。

私はわざと軽やかに彼女たちの目の前を横切って、自動扉の真ん中に立つ。2段構えの扉の奥を、カードキーで流れるように開けると、背後で「おお~」と声が上がった。

――気持ち、わかるわ。私も自分でこんなところに住めるなんて考えたこともなかったもの。

トリュフの香りがするパンを抱えてエレベーターを待ちながら、私は自分の幸運について思いをはせる。

この一帯は10年前まで、超都心でありながら昔ながらの家や小さな工場がぎっしりと建つ地域だった。ここで小商いをしていた両親のもとで育った夫と結婚、3年が経った頃、超大手ディベロッパーがこのあたりを開発すると噂が立った。

他人事だと思っていたら、なんと我が家の土地を買い上げ、そればかりか数千万のローンを組めば地権者として平均物件価格が2億円超のタワーマンションに住めるという。

もともと土地を持っていた義父は夫が大学生の頃に亡くなり、義母はなんとか店を継いで暮らしていたが、この再開発の顛末を見ることなく他界。そこから2年後の今年、このマンションの低層階2LDKを手に入れた。

なんて幸運なサクセスストーリー。ちょうど小学生になった息子の陽一もマンションであっという間に友達がたくさんできた。私たち3人はまるで王侯貴族のように東京のアッパー階層に上がることになった。

……しかしすべてが急にアッパークラスというわけにもいかない。私は今、とっても困った事態に直面していた。