推し活懐事情
「あ~いいなあ冴子は! ライブ遠征、北海道も九州も行くんでしょ? 推し仲間っていってもさ、全然機動力が違うよね。うちの旦那なんて推し活の邪魔するばっかり。お金は自分のお小遣いをやりくりして頑張ってるのにさ、なにかにつけ嫌味を言ってくるし!」
「ほんとだよ。冴子さんがうらやましい。うちは子どもふたりでしょ? 塾に行き始めちゃって、推し活費を月2万円からついに月3000円にしないとならなくなった。憎まれ口しか聞かない中学生息子より、本当は推しを推したい!」
ライブの前、もう5年以上の付き合いになる、レイトの推し仲間とお茶をする至福の時間。私は家で思う存分準備をして(ペンライトをデコレーションしたり、最新グッズのTシャツに着替えたり、結構忙しい)、マンションを出てこられるが、家族がいるみんなはそうはいかない。同世代の仲間と思う存分盛り上がるために、ビジネスホテルの1室を借りて、推しのDVDを見ながら支度をすることもある。今日のように。
私にとっては造作もない3000円というホテルのデイユースの割り勘代も、家族がいる仲間たちにとっては気になる値段のようだ。みんな何らかの形で働いているのに、愛しのレイトのためのささいな出費をためらう姿を見ると、自分の幸運にうっとりした。もちろん、顔には出さないけれど。
「推しは推せるときに推せ、が大原則だよ! みんな頑張って! 一緒に夏の遠征も行こうよ」
こうして、ごくごく小さい集まりで羨望を集めるのは気持ちいい。ライブと同じくらい大事な時間になりつつあった。もう10年も一途にレイトを推しているので、匿名だけれどSNSでも私のアカウントはファンの間で認知されていたし、こうして人間関係もできてきた。
つまらないと思いながら辞める勇気がなく働いている職場も、推し活を始めてからはむしろ感謝している。残業ができる期間にまとめて働いたり、子どもがいる同僚の急な早退のヘルプをしたりすることで、有給は自由に取ることができる。
なにより、レイトを応援する「軍資金」を稼げるのだから大切な命綱。それ以上、仕事になにか期待しちゃだめ。「貯金ができなーい」などと言いながら1500円もするランチを連れ立って食べに行く同僚を横目に、私は前日の残りのご飯をおにぎりにして持っていく。すべてはレイトのために。
そんなとき、同世代の同僚は、何か言いたげに私を見ていた。「推し活もいいけど、彼が山田さんに何をしてくれるの? 自分の人生を推す、っていう考えもあるよ?」と飲み会で先輩社員に言われたこともある。
彼女たちは何もわかっていない。これこそが私の人生。
灰色の毎日を、「推し」だけが照らしてくれるのだから。
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