平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。

 


第62話 ホテルの夜の怖いはなし

 

「うわー、森ちゃん可哀想……『あの部屋』か。まあ今日のクルーの中では一番若いし仕方ないよね。頑張って!!」

国内線5本のハードなフライトを終え、空港近くのステイホテルに到着。一人ずつカードキーをチーフパーサーから渡されたとき、先輩CAたちが私の部屋番号をのぞき込むと憐れむような視線をよこした。

「え、この部屋、何かまずいんですか!? 私、この空港で初めてのステイなんです」

「そっかそっか、まあ、森ちゃんて『視える人』じゃないよね? とにかくさっさと寝るに限るよ、お清めの塩持ってる? え? ないの? だめねえ、CA2年目でしょ? ステイ先には持っていかないと。はい、コレあげるから、部屋に入ったらすぐ柏手打って、盛り塩してね」

先輩が慣れた様子で、キャリーのポケットからジプロックに入った塩を渡してくれる。怖い、怖い。こんなに先輩が優しいのは初めてかもしれない。

「あの、この部屋、怖い部屋なんですか!? お願いして変更してもらえないかな……」

私はすでにエレベーターホールにすたすたと歩いて行ってしまった山崎チーフの背中を見る。しかし、大ベテラン、綺麗だけどキツイ性格で有名な彼女に部屋を変えたいと言い出す勇気はなかった。航空会社がCAたちの宿泊用に長期で借り上げている部屋は決まっている。大幅割引をされている代わりに、日当たりなど少々難ありなのはいつものことだけど……。

「森ちゃん、諦めな。あの部屋はね、その日一番若いクルーがアサインされるって決まってるのよ。いい? 夜中、なにか物音がしたり、なにかがいる気配がしたりしても、絶対に反応しないで、アイマスクに耳栓して、目をつぶり続けるのよ」