――絵は左右逆さに描くのですね。
山本さん:そうです。また、一度版をつくったら、複数回、同じ絵を刷れるという利点もあります。佐野さんも、いろいろな色替えを楽しんでいたようですね。
――30年前に刊行された『ぺこぺこ』には、色替えされた絵がありましたね。
山本さん:銅板を腐食させる時間の長さや、銅板への描き方によって、さまざまな表現ができます。薄い線と濃い線ができます。プレスした絵の上に、手で彩色することもできます。銅版画家は、刷る工夫をするところは職人で、銅板に絵を描くところはアーティストなんですね。
――なるほど、職人とアーティストの両方を併せ持った画家なのですね。心をこめて描かれた銅版画の線のきれいさと、美しい彩色のコラボレーションを楽しみたいですね。
山本容子さんが自ら、銅版画の工程を教えてくださいました!
実際に山本容子さんのアトリエで、銅版画の工程を見せていただきました。〈今回見本として刷っていただいたのは、山本さんがお描きになった『ふしぎの国のアリス』(講談社青い鳥文庫)の挿画です〉
1 銅板に絵を描いてインクを載せていく
厚さ1ミリメートルの銅板に、液体グランド(酸で溶けない液)を塗ったあと、トレーシングペーパーの上から、鉄筆や鉛筆などの画材で線を描いていきます(線を描いた部分の液体グランドが剥がれます)。
欲しい太さになるよう、時間を計算して硝酸液に浸けると、描いた部分が腐食してへこみます。
その後、全体にインクを付けてから、表面のインクをふき取ります(線の中のインクも取ってしまわないように注意)。山本さんは、手のひらで指紋にインクを引っ掛けるようにていねいにふき取ります。昔の画の職人のように、手の感覚を大事にしているのです。
2 プレス機に挟んで絵を転写する
一晩水に浸けておいた紙を水きりし、銅板を重ねてフェルトで挟み、鉄のローラーで圧力をかけて転写していきます。
3 絵を乾かす
銅板から紙を外し、すぐにまわりにテープを貼り、紙がゆがまないように乾かしていきます。紙が充分に乾いたら、手で彩色を施していきます。さらに刷りたい場合は、いったん銅板をきれいにしてから同じ工程を繰り返していきます。
銅版画の第一人者である山本容子さんのアトリエで銅版画の作り方の一部を見せていただきました。
多くの時間と手間をかけて作りあげられる銅版画。
その工程を、好奇心いっぱいの眼差しで見つめている“おしかけ弟子”佐野さんと一緒に見ているような気持ちになりました。
前編はこちら
銅版画家・山本容子が語る「佐野洋子」とは?『100万回生きたねこ』の著者:佐野洋子の名作絵本『ぺこぺこ』が待望の復刊!>>
山本容子 やまもと・ようこ
’52年埼玉県生まれ。’78年京都市立芸術大学西洋画専攻科修了。都会的で洒脱な線描と色彩で、独自の版画の世界を確立。本の装丁、挿画からパブリック・アートまで幅広く手がける。近年は絵画に音楽や詩を融合させ、ジャンルを超えたコラボレーションも。2024年もさまざまなプロジェクトが進行予定。
●聞き手
高木香織 たかぎ・かおり
出版社勤務を経て編集・文筆業。皇室や王室の本を多く手掛ける。書籍の編集・編集協力に『美智子さま マナーとお言葉の流儀』『美智子さまから眞子さま佳子さまへ プリンセスの育て方』(ともにこう書房)、『美智子さまに学ぶエレガンス』(学研プラス)、『美智子さま あの日あのとき』、カレンダー『永遠に伝えたい美智子さまのお心』『ローマ法王の言葉』(すべて講談社)、『美智子さま いのちの旅―未来へー』(講談社ビーシー/講談社)など。著書に『後期高齢者医療がよくわかる』(共著/リヨン社)、『ママが守る! 家庭の新型インフルエンザ対策』(講談社)。
撮影/荒木大甫(山本さん)、柏原 力(取材)
取材・文/高木 香織
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