平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。
第75話 過ぎた背伸び【前編】
「それではここで去年の音楽会の様子を映像でご覧いただけます。生徒たちの心のこもった演奏をお聞きください。終了後は、上級生のお母さまがたがカフェテリアでランチをご用意してくださっています。懇親会では、どうぞたくさんのお母さまとお話なさってくださいね」
先生がお話を終えると、講堂の照明はいかにもドラマチックに翳り、荘厳な曲のイントロが流れ始めた。私はスクリーンのあかりで手元の時計をそっと見る。12時25分。土曜の午前中からはじまったこの保護者会は、どうやらランチまで拘束されるらしい。いくら好きで入った私立小学校でも、入学式以来2回目の保護者顔合わせ。1日がかりだと知っていたけれど、お昼くらいは自由に食べようと思っていたのに……。
薄暗い中で、ようやく周囲を好奇心に任せて見回した。隣のお母さんも、その隣も、全員が上級生の演奏の映像を食い入るように見ている。時折白いハンカチで涙をぬぐう所作までとってもエレガント。ここまで手入れの行き届いたロングヘアの母親集団を見たことがあっただろうか。
紺のスーツやワンピースは、よくみればそれぞれとてもデザインやカットが凝っていて、11月の入学考査の日のスーツとはまったく違っている。私だけが、あの日と同じ丸襟つきの野暮ったい紺スーツを着ていた。
この学校を卒業するまであと12年。一体何枚の「ネイビー装束」を買う必要があるんだろう?
そら恐ろしい気持ちで、私は必死に演奏に集中するふりをした。
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