私たちは学校を連れ立って駅に近いオーガニックカフェに入り、改めて簡単に自己紹介をした。絹香さんはすらっと背が高くて雑誌から抜けてきたみたい。ミカちゃんのママの弥生さんは色白で可愛らしい感じ。ユリナちゃんのお母さんの薫さんは小柄で均整の取れた体つき。日に焼けていて、なにかスポーツをしているのかも。
私たちはしばらく、入学してからあったちいさなドタバタを共有しあった。不思議と、それだけで1学期の心細かった気持ちが少しずつほぐれていく。
3カ月、まったくわからない世界で、相談できる相手もなく、たったひとりで手探りだったから。
30分ほどもおしゃべりをすると、私たちは急速に打ち解け始めていた。よかった、これならディズニーで1日一緒にいても大丈夫そう。
そのとき、弥生さんが思い出したように白くて柔らかそうな手をぱちんとたたいた。
「美香、来週ディズニーに遊びにいくのをすごく楽しみにしているの。勝手に行先まで決めて、もうびっくり。おかげで仕事を休まなくちゃ。子どもってこっちの都合はお構いなし。ついてきてって言ったらいつでもどこでもママは来てくれるって思ってるんだから。私たちは小間使いじゃないのにね~」
弥生さんが、コロコロと鈴が鳴るような可愛い声でそう言ったとき、私は心底びっくりした。え? 働いてるの? しかもこの学校で掲げられている「理想の奉仕するお母さん像」に背いてそんな風に言っちゃう?
いかにもいいお母さんで奥様、という風情の弥生さんの言葉に、私はきっと鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていただろう。すると今度は薫さんが力強くうなずいた。
「本当! 私もその日は普通に学校だと思ってテニスのレッスン入れててコーチにごめんなさいしてきたところ。ああ、残念。創立記念日がへんなところにあるのがいけないのよね」
テニス。言っちゃあなんだけど、単なる習い事……。それは可愛い娘のお出かけより行きたかったと口にするのはアリなのか。この完璧なる母であることを求められる学校で。
一番、エレガントな母像そのものの絹香さんが、もしかして内心むっとしているんじゃないかと私は隣に座る彼女の顔を見た。きれいに彩られたリップを薄くカップにつけて、絹香さんはふふふ、とほほ笑んだ。
「最近のディズニー、本当にお金かかるよね。前に泊ったホテルに泊まるのを当たり前だと思われたら困るから、今回は日帰りにするつもり。新しいエリアが乗り放題になるホテルパッケージツアー、こっそり調べたらとってもいいお値段だったから、子どもたちには絶対にあんないいプランがあることは秘密にしましょうね!」
私はぱちぱちと2度、3度まばたきをする。普通だ。お母さんの会話だ。気を遣ってくれているのかもしれないけれど、その言い方は自然で、親密だった。
「衿子さん、当日電車で行く? 私、車で行くから、よかったら乗っていって」
実は家が同じ駅だと判明した絹香さんが、気さくに嬉しいことを言ってくれる。車がないから馬鹿にされるかも、なんてひがむ必要はなかったのかもしれない。そもそも、そんなこと全然気にしてないのだ、お金持ちは。そして皆、当たり前だけどそれぞれ性格が全然違う。背景もバラバラだ。
私が恥ずかしながらほっとしていると、絹香さんはさらに続けた。
「ただ、この日、私の出張を調整中で。もともとこの日は午前中に帰宅するから、主人に亜理紗の送り出しを頼むつもりだったの。とにかく1日はやく帰れるように手を尽くしているんだけど、うまく帰ってこられなかったらごめんなさい。その時は亜理紗と私はお昼から参加するね」
絹香さんはどうやら、バリバリ働いているらしい。これも意外すぎて、私は目を丸くする。勝手にこの学校のお母さんはみんな専業主婦だと思い込んでいた。
「……あ、じゃあ、もしも絹香さんの出張が動かせなかったら、私が亜理紗ちゃんと梨々花を連れて朝から行こうか? 電車で申し訳ないけど。絹香さんはお昼くらいにゆっくり車で来たら少しは楽かな?」
嬉しい気持ちをお返ししたくて、思わずそう提案すると、絹香さんはとっても嬉しそうに「本当!? 亜理紗、すっごく喜ぶと思う! 万が一のときはお願いしてもいい?」と笑顔で手を合わせた。
……大丈夫。
きっと、卒業までの長い間にはいろいろあるかもしれないけど。お嬢様学校の厳然たる経済格差は、「母の連帯」の前にもろくも崩れ去る。
急ごしらえだけど、純度が高くて温かい、女同士の絆。
私は、いつのまにか梨々花と同じくらい、親子ディズニーが楽しみになっていた。
Fin.
次回予告
42歳独身女子、予想よりはやく更年期に突入。さっそく困ったことがあり……?
イラスト/Semo
編集/山本理沙
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