募る不信感と決定的な事件


「太郎さんが家事育児全般に協力的でないということがわかりました。祐子さんはそれをある程度許容して頑張っていらしたようにお見受けしますが、さらに離婚を決定づけるような何かがあったということですね?」と取材中思い切って尋ねます。お話をするうちに、祐子さんがとても常識的で、おっとりした気性の方だとわかってきました。少々のことでは離婚をしないような気がしたのです。

すると祐子さんは悲しそうに口ごもりました。

「息子が4歳、娘が3歳になった頃でしょうか。彼が、娘ばかりをかわいがり、息子は気に入らないことがあると私がいないところで叩いていることに気づいたんです。娘は膝の上にのせてベタベタと撫で、息子は罰として立たせていたり。『口答えしたから、生意気だから』と言うんですが、息子はいたって普通の男の子。むしろおっとりしていました。我慢できなくて何回もやめてと言いましたが、聞き入れませんでした」

そしてある日、祐子さんの不在時に事件が起こります。息子さんがソファに牛乳をこぼしたことで太郎さんが激高、蹴り倒す事件が発生します。息子さんは後ろに勢いよく倒れ、頭を打ってしまいました。帰宅した祐子さんが後頭部のたんこぶに気づき、病院に駆け込んで発覚したそうです。

娘はベタベタと膝にのせ、息子はしつけと称して蹴る夫。母の第六感で子どもを守ると誓って離婚…彼女の痛恨のミスとは?_img0
 

この一撃で、わずかに残っていた愛情も、夫婦になったんだからなんとかやっていかなければという思いも、全部なくなりました。子どもを守らなくてはと、かちりとスイッチが入った瞬間でした。

実を言えば、娘ばかり触るのも、まだ何も起こっていないけれどすごく気持ちが悪かった。母の本能でした。本当に子どもが可愛いという気持ちだけなんだろうか? と疑ってしまいます。そのうえ息子には暴力。結局どちらに対しても父性は感じられないんです。あるのは、自分の好き嫌いと欲。思えば私に対しても最初からそうでした。目が覚めた、というのが正直な感想です

静かな、母の決意を感じる口調で、祐子さんはそう言葉を絞りだしました。

そこからは、一刻も早く別居することを目指して動いたという祐子さん。祐子さんは東京から新幹線で1時間ほどの地方都市の出身で、幸いご両親は健在でした。ご実家はコンパクトなアパートだったため、同居は難しいものの、近所にアパートを借りて住むことを目標にします。

離婚の話し合いは、息子さんを蹴ったことが病院にも露呈していたため、祐子さんの剣幕に太郎さんが折れる形で進んでいきました。とはいえ、彼はもちろんあれはしつけだからと慰謝料は拒否、養育費は非常にしぶられながらもなんとか2人で月に5万円に決まったそう。

「この時、私は若く、ものをしらなかったので、彼が5万円払うという口約束で安心し、それよりも一刻も早く、気が変わらないうちに別れたくて怒涛のように手続きをしてしまいました。……ご想像の通りです。自業自得ですが、数ヵ月で彼は払うのを待ってほしいと言ってきたんです。しかも、卑怯な言い訳つきでした」

 

養育費の不払いは、結局泣き寝入りになることも多く、社会問題になっているのはご存知の通りです。近年、こども家庭庁が主導して、養育費確保のために制度を整え始めていますが、祐子さんが離婚した当時は、事情に疎ければ離婚の条件を公正証書に残すこともないまま、口約束だけで離婚してしまうケースも少なくありませんでした。

その結果は、果たしてどのようなものだったのでしょうか。

後編では窮状を訴えてくる夫、そして2人の幼子を抱えて仕事探しから始めざるを得ない妻の決断、そこから約10年の波乱についてお伺いします。


取材・文/佐野倫子
構成/山本理沙
 
娘はベタベタと膝にのせ、息子はしつけと称して蹴る夫。母の第六感で子どもを守ると誓って離婚…彼女の痛恨のミスとは?_img1
 

前回記事「産後に暴走する夫のマザコン...「俺は実家に泊まってあげる」と、妻と新生児を見放した夫の闇」>>