母の焦り
「加奈、翔太、ただいま! 今日はデパートでお惣菜買ってきちゃった! デザートもあるよ~」
考えた挙句、私はとりあえず明るく帰宅することにした。ちょうど学童から帰ってきた翔太は、昨日の顛末は知らない。いつも長女らしく振舞っている加奈は、きっと翔太には問題を抱えていることを知られたくないだろうから。
「やったー! そういえばお姉ちゃん、なんか具合悪いみたいだよ。部屋から出てこないんだ、おやつも食べないし」
「ああ、そうなのよ、様子見てくるね。翔太はお風呂に入ってて」
私は急いで加奈の部屋に行き、ノックしてからそっと中を覗いた。電気は消えていて、加奈はベッドに寝ている。
「加奈? 調子悪い? 今日、ずっとそうしてたの!?」
いよいよ不安になって、私は思わず部屋の電気をつけた。
「ああ、お母さん。いつの間にか寝てた……。あ、しまった、ごはん炊くの忘れてた。お風呂も洗ってないや、すぐやるね」
「いいよいいよ、大丈夫。今日はお惣菜だから、私も手抜き。ご飯は早炊きするし。
それよりさ、加奈、何かあったのね? あなたがこんなふうに寝込むなんて、初めてじゃないの。ねえ、ママに何でも話して。心配ごとがあるの? ママはいつでも味方だよ」
夜にゆっくり、と思っていたのに、不安からつい詰め寄ってしまう。加奈は、ベッドの上から静かな目でこちらを見た。
「……何でも話して、って言われても。こっちのセリフだよ」
それだけつぶやくと、加奈はまたベッドに逆戻り。
一体、どうしちゃったっていうの!?
私は困り果て、でもこれ以上食い下がるのがいいとも思えなかった。どうしたらいいんだろうか。この家の大人は私ひとり。何とかしなくちゃならない。
私は内心はこの上なくおろおろしながら部屋を出た。
ききたくない他人の指摘
加奈はそれから夏休みの間、調子が戻らなかった。反抗というよりも、うまく言えないけれど、エネルギーが枯渇してしまったような感じ。私はいてもたってもいられなくて、夏休みにも関わらず学校に電話をして、スクールカウンセラーに電話相談をした。
担任の先生にも休みの前の様子をきいたが、友人関係にトラブルもないし、心当たりはないという。
「ご家庭で何かトラブルはありませんか。お父様は何かおっしゃっていませんか?」
まだ30代の担任は、痛いところをついてくる。
「……とにかく新学期に必ず学校に行けるように、体調を整えます」
私が自分に言い聞かせるようにつぶやくと、担任は何か言いたそうに言葉を途切れさせた。
――学校のスタートには調子を合わせないと……! 休み癖がついて不登校になりでもしたら大変。仕事は休めないもの。
反射的にそんなふうに思う自分を、本当に利己的だと思う。最低だ。でも、仕事にはいかなくちゃならない。理解は進んでいるけれど、それでも職場はそこまで特殊な事情に寄り添ってはくれない。当たり前だ。
もし学校に行かなくなったらどうしよう。預け先もなく1日中子どもがうちにいるというのは、正直辛い。家で加奈が学校にも行けずに淋しく過ごしていると思うと、仕事どころじゃない。なんとしても、夏休みの間に原因を突き止めなければ――。
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