「お父さんはもう……」
「加奈? 今、ちょっとゆっくり話せないかな?」
夜、翔太が寝た頃を見計らって、私は加奈の部屋をノックした。加奈は、机に座って、本を読んでいた。少しほっとする。明日から新学期。その前に、しっかり話し合わないと。
「いいけど……ねえ、お母さんこそ、私に言ったほうがいいこと、あるんじゃない?」
加奈の言葉に、心臓がどきっとはねる。
「え? どういうこと? ……もし私に怒ってるならば、お父さんに電話で話してもらおうか? 最近、お父さん忙しくて全然帰ってこられないもんね」
滞らないように、何も起こらないように、いつも先々を考えている私のせいで、加奈は追い詰められてしまったのかもしれない。家事も手伝わせているし。いや「手伝う」どころか、彼女を戦力として頼んでいた。ご飯を炊いたり、お風呂を洗ったり、ときには夕食のカレーを作って自分で食べてもらうこともあった。
私が、彼女の子どもらしくいる時間を削ってしまったのだ。毎日、少しずつ、気づかないうちに。
「……お母さん、本当にダメな母だ」
私は思わずつぶやく。
「違うよ。そんなことない」
「でも、私がいろいろ予定を詰め込んだり、急かしたりするから、加奈は疲れちゃったんだよね? 小さい頃からせっかちなお母さんに合わせて……それで気力が無くなっちゃったんじゃない?」
不安から、口にするべきじゃないことがどんどん言葉になってしまう。
家族だって、信頼や愛情が失われたら、もとには戻らないのに。――3年前の「私たち」みたいに。
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