平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。
前編のあらすじ 国見玲子は小学生ふたりをそだてる母。夫が3年前に単身赴任になり、ワンオペでがんばっている。ある日、長女の加奈が、習い事を無断で休んだことが判明。その日以来、すっかり元気がなくなってしまう。焦る玲子が加奈を問いただすと、「お父さんは好きなひとができて出て行ったんでしょ?」と叫ぶ。必死で隠してきた秘密がばれたことに衝撃を受ける玲子だが……?
前編はこちら働く母が悩む、小学生の夏休み問題…独りで留守番の長女に異変が!?焦る母がとっさに考えたのは…>>
中編はこちら「私知ってるの。お父さんは、もう…」娘が気づいた戦慄の家族の秘密…3年間隠し続けた母の葛藤>>
第82話 ワーキングマザー【後編】
23時。私は意を決してスマホをタップした。それまでたっぷり15分は指をさまよわせていた。
こんな時間に電話するのが、もし「赤の他人」なら非常識すぎてあきらめるだろう。また「離れているけれど家族」ならばこれほど迷う必要はない。
「単身赴任中に不倫、離婚したいと主張する夫」というのはそのはざまにいる。
コールが7回もつづき、ようやく応答があった。
「もしもし」
最後に話したのは、彼が子どもたちに会いにきた2カ月前。でもずいぶん前に感じた。久しぶりの夫の声だった。
「夜中にごめんなさい。今、少し大丈夫?」
「あ、ああ。珍しいな、急用?」
おそらく気を遣って部屋を移動しながら、彼は声を潜めた。関西にいることになっているけれど、じつは単身赴任はとっくに終わっていて、すでに都内にいる。不倫相手も一緒も東京にきているときいて、熱愛にあきれ果てたものだ。
「単刀直入に言うけど……加奈に、あなたの事情を話した? キッズフォンから電話がかかってきたりした?」
「え? 加奈に? いや、約束だし、そんなこと話すわけないだろう、子どもに。加奈がどうかしたの?」
そんなこと、という言葉に胸が痛んだ。そんなこと。そんなひどいこと。そんな下世話なこと。してるのはあなたでしょう?
「あなたが単身赴任じゃなくて、家出しているってことに気づいたのよ。それで情緒不安定になっちゃって大変なの。私ひとりじゃどうしたらいいかわからない。とにかく、そんなことはないって説明してほしいのよ。帰ってきて、話してくれる?」
「……あのさ。そんなこと言ったって、また嘘の上塗りじゃないか。加奈は賢い子だし、取り繕っても無駄だと思う。俺たちも、この状態は不自然すぎる。金のことは、今払ってる婚姻費用とおなじだけ、養育費として払う。できるだけのことはするよ。決着をつけよう。気持ちはもう戻らないから、こんな状態は無駄なんだよ、玲子」
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