大草さんは自分の中の違和感や生臭い感情を突き詰めるタイプの人
——大草さんは新刊の『見て触って向き合って 自分らしく着る 生きる』で二度目の離婚を経験されたことを明かしています。大草さんが“愛”について何を考えていたのか、気になっていた読者も多いと思います。
大草「そうですよね。実は私自身、まだ離婚について胸の内を言語化できない部分もあって。友人から『どうして離婚したの?』と聞かれると少し戸惑ってしまうんですよ。離婚の理由ランキングの上位に挙がるような分かりやすい事案には該当しないし、基本的に元パートナーとは仲が良かったので」
スー「端的に説明できるわけがないよね。でも、大草さんが離婚を選んだことを意外に感じる人がいるのかな」
大草「書籍でもサラッと書いているのですが、夫婦として仲が良くても、いつしか男女としての愛はなくなってしまった。恋が生まれる瞬間と同じように、終わる瞬間にも特別な理由はないじゃないですか。その男女の愛をパートナーとの信頼や情愛に置き換えて結婚生活を続けることもできるし、それはそれでとても素敵だと思います。でも、私にはそれができなくて。やっぱり男女間の愛がすごく大事で、それを婚外恋愛に求めることにも気が進まなかったんです」
スー「大草さんは、家族愛があってもお互いが男女として惹かれているわけではない人間同士が夫婦を続けていくことは不自然だと思ったわけだよね。一方で、男女の愛情なんてやがてなくなるものだから、それが理由で夫婦を解消するなんて不自然だと思う人もいる。後者が多数派だけど、そうじゃない人もいるということ。人それぞれ軸が違うわけだから、第三者がどうこう言えないよ」
——多数派ではないゆえに、大草さんの考えをご家族に伝え、理解を得るまで時間がかかったのでは?
大草「今でも理解を得られたか分からないけれど……家族と何度も話し合う機会を設けて自分の気持ちを嘘偽りなく伝えました。ねじ伏せることは避けて、時間をかけて話し合っていたので、離婚成立まで2年半ほどかかりましたね」
スー「やっぱりガッツがあるよね! 大半の人は『まあ、いっか』で済ませますよ。大草さんは体力オバケです」
大草「それはよく言われる(笑)。私にとって、それだけ男女の愛は大事な要素だったんです。恋愛中みたいな手に汗握るようなドキドキを常に求めているわけじゃないんですよ。パートナーを男性として愛しいという気持ちは、それに伴うフィジカルな行為も含めて、私には大事なことだから、自分の中でお茶を濁すことはできなかった。そういう気持ちを子どもたちにも正直に伝えました」
スー「うんうん。ある日、急に『あ、愛が終わったな』って感じる瞬間、mi-mollet世代なら分かるじゃろ? って感じよね。でも、私たちは社会の規範に縛られていて、女性だったら『自分より家庭を大事にする』とか『旦那の浮気は大目に見る』みたいな共通認識を持った親に育てられた世代でしょ。だからパートナーに異性として魅力を感じなくなっても、別の角度の愛に目を向けて夫婦生活を続けていく。でも大草さんは自分の中の違和感や生臭い感情を突き詰めるタイプの人だということですね」
大草「そうですね。仕事であれば途中で『おかしいな』と思ったら自分の考え方を変えることもできると思いますが、愛に関してはそれができない……。そういえば、スーさんは最初に対談した後の連載に、私のことを『臭いものに蓋をしない人』と書いてくれたんですよ。それがすごく腑に落ちたし、今回も同じようなことなのかなと思いました。愛が終わってしまったのに、愛しているフリをして過ごすのが、相手に対して失礼だと感じてしまったんです」
スー「私はいろんな場で、『自分の欲望をなめるな』と発言しています。私たち世代は、性欲を始めいろんな欲望を「持っている」とすることすら禁忌とされてきて、欲望に対する無意識の抑圧が相当強いと思います。抑圧に気づかず、欲望を甘く見ていると、自分の人生を楽しく生きている人に対して嫉妬心を抱いてしまうこともある。それは恐ろしいことだよね。だからこそ、まずは抑圧されていたことを自覚して、自分の欲望を把握することが大事。それは健全なことです」
——世の中には婚外恋愛を楽しんで欲望を満たしている人が多いことも事実です。それが無理だった大草さんは、まず目の前の愛にケジメをつけたわけですね。
大草「そうですね。でも綺麗事を言いたいわけじゃないし、自分の選択の正当性を主張したいわけでもありません。そもそも正解がない話だと思うので」
スー「愛する人と一生を共にする約束をして、何が起きてもその約束を守るために努力を続けることが純愛だと考える人もいる。反対に、大草さんのように自分の愛情の中に欺瞞や矛盾などの不純物が入った時点で前に進めなくなる人もいる。北極と南極ぐらい対照的だけど、愛に対して真剣なのは同じ。それぞれがそれぞれのルートで北斗七星に向かって歩いていくしかないよね」
大草「すごくロマンティックな表現(笑)。スーさんの話を聞いていて、私もようやく自分が貫きたかったことを整理できてきました」
スー「多くの女性が我慢することが愛だと教わってきたし、あの手この手で愛を追い炊きしようとするんだけど、それって沸き上がってくるものとは違うじゃないですか。大草さんは源泉掛け流しの愛じゃなきゃダメなの(笑)。それは本当に人それぞれだけど、『私はこっちだ』と決めつけないことが大事だと思います。だって、そんなに人間は簡単じゃないですよ。自分の欲望は制御できないものだと思っているから、私も自分自身のことは信用していません。それが純粋なのか不純なのかは、その人が決めるしかないから。とにかく、自分が常に正しいことができるとは思わないほうがいいと思う」
大草「私もここ数年は更年期でメンタルが不安定になることもありました。体力オバケと呼ばれる私ですらそうなったのだから、私の本を手に取ってくれる人や、mi-mollet読者の方々も、自分自身の変化に戸惑っている人が少なくないと思います。そこで愛との向き合い方を考え直すタイミングが訪れるかもしれません。だから今回、スーさんを相手に赤裸々に自分のことを語ることで、ひとつの事例として『こんな人もいるんだ』と思ってもらえたら嬉しいですね」
スー「大草さん、そろそろお酒飲みたくなったんじゃない?」
大草「バレた?(笑)。でも、まだスーさん自身の愛の話を聞けてないから、酔っぱらうのはその後にします!」
『見て触って向き合って 自分らしく着る 生きる』
著・大草直子
1650円(税込)
マガジンハウス
ファッションエディター、スタイリストとして幅広く活躍する大草直子さんの新刊エッセイ。年齢を重ねファッションや美容の考え方が変わるなかで、「引いたり、足したり」を軸に自分との向き合い方を説く。ファッション、スキンケア・下着選び・メイク・スカルプケアを見直すなど、大草さんが日々実践している大人のTIPS集。
『過去の握力 未来の浮力 あしたを生きる手引書』
著・ジェーン・スー、桜林直子
1650円(税込)
マガジンハウス
桜林直子(通称・サクちゃん)とコラムニスト、ジェーン・スーの雑談を繰り広げるTBS Podcast番組「となりの雑談」のエッセンスをギュッと凝縮。二人の掛け合いパートに、それぞれが書き下ろしを加えた読み応えのある一冊が完成。二人が時間をかけてじっくり丁寧に言葉を交わして見えてきた「生きるヒント」は、人生がうまくいってる人、いってない人、双方の琴線に触れること間違いなし。
撮影/水野昭子
ヘア&メイク/藤原リカ氏(ジェーン・スーさん・Three PEACE)
取材・文/浅原 聡
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