きっかけ不明の女子グループ
「ねえ、どう? そのパン、おいしいっしょ? 手作りなんだよ、完全無添加!」
「うんうん、焼き立てでおいしいです」
一通り自己紹介すると、さっそく食事が始まった。みんなスウェットにパンツ、化粧っけはなく、年齢は28歳から、40代のひともいる。話によると、既婚5人独身2人。子どもがいるひともいないひともいる。
ちょっと不思議なのは、どこで知り合ったのか見当がつかないメンバーだということ。同級生ではなく、職場でもない。パートをしている人、子育て中の人、自営業、専業主婦など属性はバラバラ。
お料理がせっせと小皿に取り分けられる。よく見るとやっぱり不思議な単品メニューの組み合わせという感じ。
台所に立っている恵美子さんが最年長で45歳。結んだ髪の毛の、こめかみのあたりに白いものが混じっている。ただ、お化粧は濃くて、理絵ちゃん含む7人のなかで一番派手な感じ。ラップスタイルのワンピースを着ていて、白髪交じりのヘアスタイルとかっちりメイクと服装が……こういってはなんだがちぐはぐな印象だ。
「おいしい! 恵美子さんの味付け大好き! レシピ、配布お願いします。これは『お誘い会』に使えるね」
一番年下の28歳、智子ちゃんが大げさなくらい肉じゃがを褒めて、恵美子さんを拝むしぐさをした。すると恵美子さんは満足そうにうなずいてから、おもむろにこちらを見た。
「亜紀ちゃん、お料理は得意?」
「え? 私ですか? いえ、それがからきし。実はお恥ずかしながら東京にいた頃は共働きで結構、お惣菜を買ってくることも多くて。今、時間がたっぷりあるから私も勉強したいです」
すると全員が食べるのを中断して、こちらを見た。驚くほどに、全員が同じ笑顔で。
「勉強なんてしなくていいのよ。特別に秘密を教えてあげる。それはね、この魔法の鍋! 見て、このパンも肉じゃがも蒸し野菜も、全~部、このお鍋で作ったの」
分厚くて大きな、使いにくそうな寸胴鍋を手に、恵美子さんがほほ笑んだ。
「え? そんなにすごいお鍋なんですか?」
私が戸惑いながら鍋をのぞき込むと、食事を中断したみんなが口々にその鍋を褒め始めた。
「すごいの、絶対失敗しないから! この鍋は体に悪い化学物質もでないし、水がなくてもカレーもできて、本当にいいものなのよ。私も恵美子さんに紹介してもらわなかったら、まだ安物のぺらぺらのお鍋を使ってたと思う。大感謝」
「普通はアメリカで50万円なんだって。そんなの絶対買えないよね。恵美子さんが特別に半額以下で売ってくれるから、私たち、本当にラッキーなんだよ」
「亜紀ちゃんもこのお鍋使ってみて、そしたら良さがわかるから。恵美子さんに頼んだら仕入れてもらえるの。それをこうやってお料理会をやって、良さを分かってもらってから友達に売ってあげるっていうビジネスもあるんだよ。そしたら亜紀ちゃんも儲かるっしょ。私たちチームだからね、みんなで利益は分けてるの」
「ほかにも無添加の調味料や、経皮毒のない下着、割れないお皿もあるよ! どれもそりゃ市販品よりは高いけど、比べ物にならない素晴らしい商品なんだよ、恵美子さんに感謝だよね。私たち、恵美子さんのおかげで定価の3割引きで仕入れられるから。アメリカの半額よ。亜紀ちゃん、相当ラッキー。誰でも簡単に儲かるよ!」
私ははじっこに座っている理絵ちゃんを見た。彼女は少々バツが悪いような表情を浮かべると、目をそらしてパンをちぎって食べ始めた。
「……お鍋はいらないし、そんな高い日用品はとても買えないです」
「高いだなんて。東京の人からしたら大したことないでしょ? それにこのお鍋、25万円でなんでも作れるよ。大切にすれば一生ものだし、お得だよ~。今なら分割もしてくれるって、恵美子さんが。ローンも組んでくれるからさ」
「いえ、結構です」
きっと私の表情は、とても厳しかったはずだ。
そこにいるみんなは、ひるんだように目をそらすと、あからさまにがっかりした様子でため息をついた。
きっと転勤に帯同してやってくる淋しい女を、こんな風に取り込んできたんだろう。さぞつけこみやすかったに違いない。
自分でもどうしてこんなに悲しいのかよくわからなかった。このランチが私に鍋を売りつけるための会だったとして、みんな初めて会った人たち。そこまで落ち込む必要なんかないはず。
――私が悲しい理由は……
急速に味がわからなくなったパンを、私はこれ以上おしゃべりしなくていいように少しずつちぎって口に入れ続けた。
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