美や美容に対する深い造詣と、自身のコンプレックスを武器に、「美のプロファイリング」を得意とする美容エディターの松本千登世さん。客室乗務員、広告代理店の化粧品メーカー担当、出版社の編集者、フリーランスの美容エディターと、端から見れば“華麗なるキャリア”を歩んできた松本さんですが、どうして惜しみなくキャリアを変えていったの? 全く畑違いの分野に飛び込んでいけたの? と気になることばかり。

そんなキャリアの裏側に迫ると同時に、そこで得たものについて教えていただきました。

松本千登世 1964年生まれ。美容ジャーナリスト、エディター。航空会社の客室乗務員、広告代理店勤務を経て、婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に勤務。その後、講談社『Grazia』編集部専属エディターなどを経てフリーランスに。『GLOW』『My Age』など多くの女性誌で連載中。

憧れの職業である客室乗務員時代に気づいた、
自分の「好きなこと」

松本さんが大学卒業後に経験したキャリアは、どれを取っても多くの人が一度は憧れるものばかり。でも、松本さんはそれらをさらりと手放して新たな世界へと軽やかに飛び込み、多彩なキャリアを重層的に築いていきました。

第一のキャリアは客室乗務員。当時、憧れの職業であると同時に、給与や待遇面でも恵まれていた航空会社。自活したいと思っていた松本さんは迷わず入社を決意。しかし、最初に「辞めたい」と思ったのは訓練中のこと。

「さすがに早すぎますよね(笑)。親に猛反対された手前、もちろん辞めなかったのですが、乗務するようになってからも緊張の連続。でも、私が恵まれていたのは、指導フライト・アテンダントの先輩がとても美人で素敵な人だったということ! もうちょっとがんばってみようと思いました」

やがて仕事にも慣れ、仕事の面白さにも気づくようになったという松本さん。3年後には、一番大きな機種でチーフとして乗務できる資格を取得。その一方で、チーフの仕事である業務報告書作りを通して、「私って書くことが好きなのかも」ということに気づいていきます。

「それで、出版社に入りたいと思うようになって何社か受けたけど落ちてしまい、出版っぽいと思って受けた広告代理店に受かって、何をするのかよくわからないまま行ってみることにしたんです」

辛かった編集者新人時代。
松本さんを奮い立たせた言葉とは?

「全く違った業種だからこそ、転職に不安はありませんでした」

そう言い切る松本さんは、広告代理店に入社して化粧品メーカー担当に配属となり、美容ジャーナリスト・齋藤薫さんとの運命の出会いを果たすことになったのです。

 

「化粧品のキャッチコピーを薫さんに依頼したのですが、『こんなに美しい人がこの世にいるのか!』と、ハンマーで殴られたような衝撃でした(笑)。その後、お仕事をご一緒するようになって、薫さんへの憧れが増していきました」

ある日、齋藤薫さんから「新しい雑誌の創刊スタッフを募集しているみたい」と声をかけられることに。それが、『30ans(トランタン)』(旧・婦人画報社)でした。

意気揚々と転職したものの、松本さんを大きな挫折が襲います。4年間、広告代理店で担当し、かなり詳しいと自信があった化粧品の知識や経験が、雑誌編集の現場では全く歯が立たなかったのです。

「編集部で美容担当に配属されたのですが、何がなんだかわからなくて。素直に『わかりません』って言えばいいのに、言えなかったんですよね……」

今から振り返っても、この時が一番苦しかったという松本さんは、松本さんの転職をよろこんでくれた、歳の離れた年上女性の言葉にハッとさせられ、自分を奮い立たせることになります。

『やっていなかったという強みがあることに気づいて!』

「自分ができないということばかり思っていたけど、それもそうか、ってすごく気持ちが楽になったんです」

やがて松本さんは、『30ans』を経て『Grazia』専属エディターとして活躍。大人の女性の魅力や美について発信し続け、43歳でフリーランスのエディターに。

「女として一番素敵だと思う年齢は?」
あなたは今、いい時にいるはず。

松本さんは編集者時代、齋藤薫さんとメイクアップアーティストの藤原美智子さんの対談を担当したことがありました。二人に「女として一番素敵だと思う年齢は?」という質問をしました。

すると、二人の答えはぴったり「38歳」で一致。

「特に藤原さんの『できることとやりたいことのバランスが取れているから』という答えに妙に納得して、強く印象に残っています。他界した父が酔っ払うと、必ず『俺は38歳だ!』と言っていたことを思い出しちゃって(笑)。でも、実はそういうことだったのかもしれませんね」

確かに、仕事もプライベートもそれなりの経験を積み、知力と体力が充実し、いいところも悪いところも見えてくる頃で、まさに人生の充実期とも言えるかもしれません。

「たぶん平均すれば38歳なだけであって、30歳の人もいれば50歳の人もいると思うんです。私の場合は編集者を辞めてフリーランスになった43歳だったのかも。不安な時期かもしれないけど、体力もあるから、もし失敗したとしても誰かが助けてくれるしなんとかなるもの。今、そういう時期に差し掛かっている人が目の前にいたら、『あなたはいい時にいますよ』って言葉をかけてあげたいですね」

松本さんがそんな節目を迎えてから10年の歳月を経た今、どんなことを感じているのでしょうか?

「人は変わらないって言いますよね。確かにそうなんですけど、実は違う人になっている気がするんです。だって、30歳の私と今の私って人格が違うと思うんですよね。それに、今のほうが絶対に性格がいい(笑)。だから、10年後の私が『50歳の私より、今のほうが性格がいい』って思っていたらいいな」

現在の松本さんが放つ透明感と軽やかさは、まさに“軽妙”という言葉がぴったり。それは、松本さんが積み重ねてきたさまざまなキャリアでの仕事やプライベート、人間関係といった重みがあってのもの。しっかりした土台に裏打ちされた軽さがあるからこそ、変わり続けることもできるーー。
松本さんの存在自体が、生き方の大切なヒントに満ちていました。

 

<新刊紹介>

『結局、丁寧な暮らしが美人をつくる。 今日も「綺麗」を、ひとつ。』
講談社刊 ¥1296

人の心を突き動かす「美しさ」とは何なのでしょうか? この本はその謎に迫るべく、美容ジャーナリストである松本千登世さんが6年半にわたって続けた「美人の観察記録」です。美しさの本質をめぐる83のストーリー。

撮影/目黒智子 取材・文/吉川明子 構成/川端里恵(編集部)