『ありがとう、トニ・エルドマン』
監督:マーレン・アデ
出演:ペーター・ジモニシェック、サンドラ・ヒューラー
配給:ビターズ・エンド 6月24日より、シネスイッチ銀座ほかにて公開
©Komplizen Film
親が子を心配する話も、人間にとっての本当の幸せとは? と問いかけてくる物語も、この世の中にはたくさんあります。今回紹介するドイツ映画『ありがとう、トニ・エルドマン』はその描き方が、とにかく型破り! 猛烈に鬱陶しいお父さんが登場する冒頭から、観る者をぎょっとさせる場面が続きます。
老いた母にゾンビのようなメイクで会いに行ったりするような、周囲が困惑する悪ふざけが大好きなヴィンフリート。故郷のドイツを離れてルーマニアのブカレストで忙しく働く娘のイネスを心配して訪ねてみたものの、サプライズは失敗に終わります。父が帰ってホッとしたイネスの前に現れたのは、おかしなカツラに入れ歯で変装した「トニ・エルドマンです」と名乗る父親でした。
突然出現するトニ・エルドマンがうざいのなんの、オフィス、パーティ、レストラン、あらゆるところにひょっこりと現れて空気を読まずに絡んできては、イネスのペースを乱しまくります。これがもしも自分の父親だったら……と思うと気まずすぎていたたまれなくなるほどですが、いつもイライラしているイネスの働き方も尋常ではなく、父親の気持ちもわかってくる。とことんふざける父親の愛は過剰だけれど、これくらいの荒療治がなければ、心を失くしたみたいに暮らす壊れる寸前の娘を立ち止まらせることはできなかったのかもしれません。
ホイットニー・ヒューストンの『GREATEST LOVE OF ALL』がこんなにも泣ける歌だったなんて! と驚き、終盤のあるシーンには“ありのままの自分”をこんなふうに描く方法があったとは! と呆気にとられながらもブラボー! と喝采を送りたくなりました。
父親と娘の愛の物語であり、忙しい毎日を送る現代人の心をゆるりとほどいてくれる人間ドラマ。76年生まれの女性監督、マーレン・アデが手がけたこの映画を観て心を奪われたジャック・ニコルソンが父親役に名乗りを上げ、ハリウッドリメイクも決まっています。162分と長い上映時間も観れば納得、イネスを演じる女優さんの仏頂面がどう変わっていくのか、ぜひスクリーンでトニ・エルドマンに出会ってください。
PROFILE
細谷美香/1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。
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