パステルさんからの質問
Q.
夫が浮気し、離婚調停中。
幼い子どもを2人抱えて、ときどき不安でたまらなくなります。

不安や寂しさを感じるときの心の持っていき方が分かりません。今、夫と離婚で争っています。3人の小さな子供たちを連れて2年前に地元に戻り、将来の目標を見つけ、人生で2度目の学生生活を送っています。毎日が充実しているのですが、ふとしたときに、私にもしもの事があったら子供たちはどうなるのだろう、と不安や寂しさに襲われます。夫の不貞行為で傷つき、その中で立ち上がり目標を見つけ前進しているのに、夫の不誠実な態度で離婚の争いが長期に渡っていることにも苛立ちを感じてしまいます。どんなときも元気で明るい母でありたいです。どうしたら気持ちを楽にできるのかが知りたいです。(40歳)

特別ゲスト 掬池友絢さんの回答
A.
人の心は濁っているときもあれば澄んでいるときもあります。常にポジティブであろうとしなくても良いと思いますよ。

大変なご経験をされたようですが、お悩みを拝見いたしまして、パステルさんはすでに前に進んでいらっしゃる、そのような印象を受けました。そのうえで、未来の不安を感じられている、と……。未来の不安は、どんな環境の人にでも必ずあるものです。その不安は、日々の中で良いご縁(このご縁は人に限りません)に出会っていくことで、和らげられている――。仏教ではこのような考え方を説いているものが多くあります。

そこでパステルさんに、辛いときに思い出していただけたら心が休まるかもしれない、と思う句を一つ、お贈りしたいと思います。浄土宗の開祖である法然上人が残した歌です。

「池の水 人の心に似たりけり 濁り澄むこと さだめなければ」

池の水は人の心と似ている。ある日は濁り、ある日は澄んでいて、定まっていない。……私が何をお伝えしたいかと言いますと、無理に心を常に透き通らせようとせずとも良いのではないでしょうか、ということです。一度濁った水は、すぐに澄んだ状態に戻すことはできませんが、時間が経てば徐々に濁りが沈んで澄んできますよね。同様に、心をいきなりポジティブな状態にもっていこうとされるのではなく、今の状態で前を向いて一歩一歩進まれていれば、気づいたときにはいつの間にか澄んだ状態になっていくのではないかと思うのです。実際、パステルさんは少しずつ前進されていて澄んできている、という印象をお受けしました。

とはいえ、どうにもならない不安に襲われるときというのはあるものですよね。私はそのようなとき、手を合わせて「いただきます」と言ったり、靴を揃えたり、といった日々の小さなことを、より丁寧に行うよう心がけています。そうすると、少しずつ心が澄んでいくような気がします。そういったことを、お子様と一緒にやっていけると良いかもしれませんね。

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PROFILE
  • 掬池 友絢(きくち ゆうけん)1975年生まれ。浄土宗僧侶。静岡県三島市にある蓮馨寺副住職。平日は都内の仏教機関に勤務しながら、一方で、仏教の良さを伝え広めるべく様々な活動に取り組んでいる。著書に『泣きたいときには泣いていい』(講談社)がある。蓮馨寺で「お念仏の会」や「お寺BBQ」といったコミュニティ活動をおこなう他、月に1回、寺子屋ブッダの「友絢さんとお茶を飲む会」で女性向けお話し会の講師も務めている。詳細は寺子屋ブッダのHPを参照。 この人の回答一覧を見る
  • 山本 奈緒子1972年生まれ。6年間の会社員生活を経て、フリーライターに。『with』や『VOCE』といった女性誌の他、週刊誌や新聞、WEBマガジンで、インタビュー、女性の生き方、また様々な流行事象分析など、主に“読み物”と言われる分野の記事を手掛ける。 この人の回答一覧を見る