『ギフト 僕がきみに残せるもの』
監督:クレイ・トゥイール
出演:スティーヴ・グリーソン、ミシェル・ヴァリスコ、ブレア・ケイシー、マイク・グリーソン
配給:トランスフォーマー 8月19日よりヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開
© 2016 Dear Rivers, LLC
セレブリティたちが参加したアイス・バケツ・チャレンジや、『宇宙兄弟』の「せりか基金」などで、筋萎縮性側索硬化症(ALS)という難病について知った人も多いかもしれません。今回紹介したいのは、この難病を患った元NFLのスター選手、スティーヴ・グリーソンが主人公の『ギフト 僕がきみに残せるもの』。難病の宣告とほぼ同時期に妻の妊娠を知った彼が、生まれくる子供のために撮りはじめた映像が、1本のドキュメンタリーになりました。
子供がおしゃべりできるようになる頃には、もう自分は話せないかもしれない。だからすべてを“贈り物”として残したい。そんな切実な思いが込められたビデオダイアリーだけに、日常に寄り添った内容はとてもパーソナル。少しずつ歩行も会話もままならなくなり、やがて呼吸をすることも大変になっていく。そうした病気の進行も驚くほどリアルに記録されています。これは、スティーヴが息子への思いを綴ったドキュメンタリーであると同時に、良好な関係を築いているとは言えない自分の父と、皮肉なことに病気をきっかけに正面から向き合い、衝突しながらもやがて和解していくまでの物語でもあります。息子を救いたいという思いで自分が信仰する宗教を押しつけようとする父の“善意”もまた、スティーヴを苦しめていくのです。
アメリカン・フットボールの選手として輝かしい人生を謳歌してきた彼のもどかしさと悔しさはいかばかりだろうかと、何かを殴りたくても殴れないと嘆く姿を見ながら、何度も何度も胸が詰まりました。けれどもこのドキュメンタリーは、涙をしぼりとるようなつらい側面だけを切り取った映画ではありません。排泄がうまくいかない現実さえもユーモアに変えるスティーヴのちょっとお下劣なギャグを聞きながら、思わず泣き笑いしてしまいました。
そしてこの映画を語るうえで欠かせない存在が、スティーヴの妻、ミシェル。夫と子供の世話をする毎日のなか、ときには苛立ってしまうありのままの自分をカメラの前でもさらけ出しています。夫に剣のある態度をとってしまったときには「自分のものの感じ方に腹が立っている」のだと胸の内を明かし、ALS患者を手助けする活動によってヒーローになっていく夫への複雑な思いも隠さない。「悪魔は嫌だけど、聖人にはなりたくない」と正直に語るミシェルのことが、大好きになりました。立派なメッセージやきれいごとだけではないこのドキュメンタリーはいわゆる“難病もの”の枠を超え、人生の意味と愛について多くの学びと発見を与えてくれます。
PROFILE
細谷美香/1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。
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