バレリーナを引退後、女優として、第二の人生のステージを歩まれている草刈民代さん。凛とした美しさが印象的な彼女だが、最新出演映画の『月と雷』(角田光代原作)では、ほぼノーメークで、世話をしてくれる男性を見つけては各地を自由に流転している、虚無感と孤独に満ちた女性を演じている。新境地とも言える今回の役について、また常にチャレンジし続ける草刈さんのパワーの源についてもお話いただいた。

草刈民代/1965年5月10日生まれ。東京都出身。小学二年生からバレエを始め、84年牧阿佐美バレヱ団の正団員となる。以降、日本を代表するバレリーナとして国内外で活躍。96年には映画『Shall we ダンス?』(周防正行監督作)に主演し、数々の賞を受賞。09年にバレリーナを引退し、女優としての活動を開始する。 12年、主演を務めた映画『終の信託』(周防正行監督作)では、第36回日本アカデミー賞主演女優賞を受賞。舞台「作者を探す六人の登場人物」10/26~11/5(KAAT神奈川芸術劇場)


作品と人物を一つにする、背景を
背負って画面の中に立つ芝居を


草刈さんが演じる直子は、主人公・泰子の父親の元愛人。泰子が幼い頃、家出した母親と入れ替わりに、半年間だけ、息子の智とともにやって来て一緒に住んだ女性だ。くたびれた風貌で昼間から酒を飲み、ろくに家事もせず、男から男へと渡り歩く奔放な生活を送る直子。これまでの草刈さんのイメージとは全く違う女性像を、どのように受け止め、理解していったのだろう。

ワンピース/タダシショウジ
ピアス/ヴァンドームブティック

「私が、直子という女性を演じる意図が分からないと、役をイメージするのは難しいなと感じました。そこで、スタッフの顔合わせの時に監督にお伺いしたところ、“直子は映画『パリ、テキサス』のハリー・ディーン・スタントンのイメージと重なる”こと。私には、“風景を背負ってスクリーンの中を歩いているイメージがあること”などをお話いただきました。私の中にあって、まだ自分が気づいていないものを、監督は見出してくださっているーー。ならば、それは私の女優としての特徴の一つだと思うので、私の中にある創造力などを駆使すれば、直子という役を演じられるのではないかと思いました。
 
これまでにも私は、“背景を背負って画面の中に立っているように見える”とおっしゃっていただいたことが何度かあります。意識してそうしているわけではないので、なぜそう見えるのかは分かりませんが、舞台、しかも踊りをしていたということが影響しているのかもしれませんね。

ただ、芝居をする時には、見た目にこだわることは大事だと思っています。まずは演じる役の内面について考え、そんな心情であるなら、この人はどういう風貌なのかと、衣装やヘアメイクなどを考えています。もしかするとそういったことも、“景色を背負って〜”ということに関係しているのではと、改めて感じました。

今回は、ほぼノーメークで、髪には実際にダメージを与えてパサパサにしました。パンフレットには“汚しメイク”と書かれていますが、特に汚してはいないんですよ(笑)。また、姿勢がいいと作品の雰囲気をぶち壊しにしてしまうと思ったので、なるべく普段の自分が出ないようにと、立ち居振る舞いにも気をつけました。全身で、直子という女性の内面を演じられているといいですね」


心の奥深くで静かに揺れ動く、
切なさと希望を感じる作品


家族をテーマにしながらも、人との繋がり、生きることの意義など、人生に関するさまざまなテーマを内包する本作。草刈さんが直子という役を通して感じた、『月と蕾』が持つメッセージとは?

 

「誰にでも、直子のようになる根っこがあるのではないかと思います。生まれ育った環境の中で、自分の意志ではコントロールできないものを抱えていくことはよくあることで、直子はその分量が多いだけなのかもしれない。そして、その現実に抗うのではなく、受け入れて生きることを選択しています。それは直子の人間としての強さで、惹きつけられる部分でもある。そんな力を秘めている女性だからこそ、“共感はできないけど、全く理解できないわけじゃない”と感じさせるのではないでしょうか。

シンプルな日常の繰り返し、その中で感じているさまざまなことこそが、生きることの根源につながっていると感じさせてくれる作品です。20代の男女が主人公の作品ですが、いろいろな世代の人に見てもらえるテーマを含んでいますので、ぜひ劇場でお楽しみいただければと思います」


チャレンジの先にある、
視界がパッと広がる瞬間が楽しい!

本作では、直子という難役への挑戦のほか、夫の周防正行監督作以外では初の映画出演という、草刈さんにとってはもう一つチャレンジが。バレリーナから女優へ、そして新たな役や世界へと変化し続けることで、草刈さんが得ているのは“新たな視点”だ。「新たなチャレンジをして、これまで見えていなかったことに気付けるのは、とても楽しい。やりきって、やっとたどり着いた場所から見える景色を眺めてみたいというのが、私のチャレンジのモチベーションです」と語る。

「ずっと他の監督の作品にも出演したいと思っていましたが、声が掛からなくて。映画監督の奥さんだと難しいのかな、力量がないからなのかなと思っていたのですが、やっとオファーをいただき、『本当にありがとうございます!』という気持ちでいっぱいです(笑)。どんな役でも演じたいけど、今回は特に、今までの自分とは違うもの打ち出せたので、とてもいい経験になったと感じしています。夫以外の作品で緊張したか? いつもと同じです(笑)。

私は、常に変化しないではいられないタイプ。初めてのことでも、『この選択がマイナスになるわけない!』と思い込んでいるので、やる価値があると思えば徹底的にチャレンジします。

バレリーナだった時、私は、“上達するほど見えるもの・感じるものが変わっていく”という経験をしています。お芝居の世界ではまだこれからですが、今は、踊っていた時に感じていたその“視界が広がる”体験を、演じることでもできるようになるのが目標です。そのために必要なことは、どんどん、積極的にしていきたいですね。

その体験は、バレエや芝居以外でも言えることで、勉強の仕方、積み重ね方、出会う人により、物事の理解が広がり、また深まると、そこからぱっと視界が広がることがあります。そうして自分では思っていない方向へと物事が動いたり、意外な人と分かり合えたりすることは、とても面白いし、人生を楽しくしてくれることだと思いますよ」

<映画紹介>
『月と雷』


 
 

小学一年生の時に母が家出をし、普通の家庭を知らぬまま大人になった泰子(初音映莉子)。今はスーパーのレジ係として働いており、婚約者とも近いうちに結婚する予定だ。そんな泰子の前に、突然、亡き父の愛人である直子(草刈民代)の息子の智(高良健吾)が現れ、泰子の家に転がり込んでくる。そこに直子、母と再婚相手との間に生まれた異父妹も加わり、平坦で穏やかだった泰子の人生は大きく変化していく。

 

監督:安藤 尋 原作:角田光代(中公文庫) 出演:初音映莉子、高良健吾、草上民代 他
制作:アグン・インク 配給:スールキートス
10月7日よりテアトル新宿ほか全国ロードショー


撮影/横山順子 ヘア&メイク/馬場利弘 スタイリング/宋 明美
取材・文/神山典子 構成/川端里恵(編集部)