新作が出たら必ず手に取るというミモレ読者の方も、多いのではないでしょうか。“イヤミスの女王”としてたくさんのファンを持つ小説家、湊かなえさん。広島・因島で生まれ育った湊さんが島を舞台にして書いた「望郷」が映画化されました。映画の公開を前に、故郷への思い、そして島を出てからもたくさんの経験を経て小説家となった湊さんの“決断力”についてもうかがいました。

湊かなえ/1973年、広島県生まれ。2007年、第29回小説推理新人賞を受賞し、「告白」でデビュー。09年同作で第6回本屋大賞、12年「望郷、海の星」で第65回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。「告白」「北のカナリアたち」「白ゆき姫殺人事件」「少女」など映画化された小説も多い。近著に初のエッセイ集「山猫珈琲」(下巻)などがある。


まわりのせいにしていたことも
阻んでいたのは「自分の心」!?

「望郷」は6編が収録された短編集で、そのうちの「夢の国」「光の航路」を映画化。古いしきたりに縛られて島を出られずにいる女性と、久しぶりに島に戻ってきた男性を主人公に、それぞれの家族との関係、そして島の閉塞感から解放されていく物語が紡がれる。

「島で暮らしていると、どこかに外出するときも海を渡らないといけないんですね。本土に行く、という言い方をするのですが、ちょっと買い物に行くこともイベントのように感じていましたし、進学するときにも海に隔てられているという感覚がまずありました。
「夢の国」の主人公は家族の理解がなくて島を出られないと思って育ってきたけれど、実はそれを阻んできたのは自分の心だったのではないかと気づいていく。厳格な祖母が亡くなっても変わらない母の姿を交えながら、そういう話を書きたいと思って書いた小説です。

 

「光の航路」はとにかく進水式のことを書きたい、という思いをかなえた短編なんです。島に住んでいる人間にとっては大きなイベントで、結婚式では“今日はふたりの進水式で、これから長い航海に出るのです”という挨拶がされるんですよ。島に住んでいなくても、新しい門出を航路に例える人は多いと思うのですが、進水式を思い描かないまま航路に出たらしんどいだろうな、という思いもあって。大変なことがあったとき、祝福されて出発したことを思い出させるような話を書きたいと思っていました」


島に普通に暮らしている人の葛藤や
すれ違いをテーマに

映画「告白」皮切りに、ドラマ「リバース」など映像化作品も多いが、小説と映像は別物と捉え、「いつも私が一番完成を楽しみにしているお客さんかもしれません」と語る。

「今回の映画も短編の登場人物をリンクさせていたり、言葉だけでは伝わらない思いを役者さんたちが表情で伝えてくれたり、とても楽しませていただきました。故郷で撮影された作品なので、自分が知っている景色を映像でみるのはくすぐったいような、うれしいような……。あらためていいところに住んでいたんだなという思いになりましたね。きれいに撮っていただいてありがとうございます、とまるで保護者のような気持ちです(笑)。
「望郷」は島を美化することなく、普通に暮らしている人の葛藤やすれ違いを書いた小説です。島の話ではあるけれど、日本は島国なのでみんなに通じるものもあるんじゃないかな、と。もう島に戻らないという気持ちをエネルギーに就職活動を頑張った過去もありますが、帰ってみると当時思っていたほど何もない場所ではないと思うこともあります。島を出た人もいれば、地元で頑張っている友だちもいる。それぞれの思いを持って暮らしていることが伝わったら、と思っています」


新たな一歩を踏み出す秘訣は
深く考えないこと!

 

島を出てからも、いくつもの“大切な通過点”を経験してきた湊さん。会社を辞めて青年海外協力隊員としてトンガに赴任。帰国後は非常勤講師を経て、妻となり、母となってから脚本家に挑戦し、小説家デビューを果たしている。思い切りよく新たな一歩を踏み出す秘訣を尋ねると、「深く考えないこと!」という答えが返ってきた。

「どんなときも、今の自分のなかの最優先事項を考えるようにしているので、ずっとあまりためらわずに決断してきた気がします。就職氷河期に決まった会社だったので生活のことを考えれば不安もあったのですが、心配な気持ちよりもトンガに行きたいという気持ちの方が強かった。チャンスを生かして、帰ってきてからのことは帰ってきてから考えようって、そんな感じでずっとやってきています。
たとえば、仕事をしたいけれど子供が小さいからどうしよう、海外で学んでみたいけれど言葉や経済的なことは大丈夫だろうかと、考えれば考えるほど心配事のほうが増えると思うんです。でも何かをはじめるときは、もしもだめだったらすぐにやめればいいよね、くらいの気持ちでいれば、案外それほど大変なことはなかったりするものです。
やっていないことへの後悔はいつまでも引きずるけれど、やったことへの後悔はあまり引きずらないと思うんです。日常のなかでも、服を買ったあとで、これを着てどこいくつもりだったんだろう? って後悔することがありますけど(笑)、買わなかったらずっとそのことばかり考えてまたお店に行ったものの、売り切れていてさらに引きずってしまったり(笑)。やってしまったことへの後悔は、むしろ早く忘れてしまいたいし、“次から絶対にせんとこう”でおしまい、です。やりたいことがあるならば、よほど人に迷惑をかけること以外は、やったほうがいい。そう考えているから、あまり後悔のない人生を送ってきています」


そのときどきで大変なことがある。
けれど、きっとどうにかなる!

 

 毎日の生活サイクルについてうかがうと、「23時から3時まで執筆して、6時くらいに起きてお弁当を作って、8時から11時まで寝てお昼ごはん。夕方までにメールや書類の確認、原稿の直しをして、あとは晩ごはんの買い物に行きます」とのこと。めまぐるしいスケジュールのようにも感じるけれど、仕事と家庭の両立という永遠のテーマについて、肩の力が抜けるような日常の景色について教えてくれた。

「しめきりが迫っているときは、家のなかがぐちゃぐちゃになることもありますよ。でもハウスダストアレルギーがある家族はいないので、大丈夫。気になる人が片付けたらいいじゃん、っていう感じです。ほこりが気になるなら自分で掃除すればいいし、洗濯物はたまっているなと思った人がやればいい。ほこりも洗濯も、たまっているという感覚は家族それぞれで違いますから(笑)。子供はもう高校生なので、明日必要なシャツがあれば、自分で洗うのが一番早いですよね。夫も食べたいものがあるなら自分で買ってきて食べた方が幸せだと思います(笑)。子供が小さくてしんどいときは一生続くような気持ちにもなるけれど、あっという間に大きくなります。今では、今日、子供としゃべったかな? なんて日もあるので、2、3歳の頃が懐かしくなるくらい。そのときどきで大変なこともあるけれど、きっとどうにかなる。死んだりしない限りたいして失うものはないよね、という考えで、今までやってきたような気がします」

<映画紹介>
『望郷』

 

古いしきたりを重んじる家庭に育ち、故郷に縛られた生活をしている夢都子。本土にあるドリームランドは彼女にとって自由の象徴だったが、厳格な祖母や母のもとで暮らす彼女にとっては遠い場所だった。やがて大人になって自分の家庭を築いた彼女は、ドリームランドが閉園することを知り、自分のなかにわだかまっていた思いと向き合うことになる。一方、転任のため9年ぶりに本土から故郷に戻って来た教師の航のもとに、亡き父の教え子を名乗る男が訪ねてくる。航は自分が知らなかった父の姿を知るが……。

監督:菊地健雄 出演:貫地谷しほり、大東駿介、木村多江、緒形直人 他
主題歌:moumoon「光の影」(avex trax)
制作・配給:エイベックス・デジタル
9月16日より新宿武蔵野館ほか全国拡大上映


撮影/横山翔平(t.cube) 取材・文/細谷美香 構成/大森葉子(編集部)