本来であれば、決して世に出ることがなかったはずの物語を、私は今、綴ろうとしている。


先月、2月14日のバレンタインデー。
何の前触れもなく突如書店に並んだ林真理子さんの小説『奇跡』は、こんな冒頭文から始まっていました。

あの林真理子の、38年ぶりの書き下ろし小説。しかも、「不倫」の物語。
なぜこれほど話題性のある小説が、今までどの媒体でも宣伝されず、誰も口にすることなく、突然世に出たのか?


この本のことは、出版まで絶対に秘密にしなくてはならない。もし途中で漏れたりしたら、どんな横槍が入るかわからないからだ。そのために私は、一年から二年続く連載ではなく、"書きおろし"という形をとる。


その理由は、プロローグに綴られていました。
何を隠そう、この『奇跡』は「不倫」の物語が「実名」で書かれているのです。
 

梨園をめぐる「不倫」が「実名」で書かれた小説

 

まったく事前の宣伝をされなかったにも関わらず、『奇跡』は初版からたったの1週間で売上が10万部に達するという、近年稀に見る状況だそうです。

 


男は世界的な写真家、女は梨園の妻
「真実を語ることは、これまでずっと封印してきました−−」


本の帯にあるこの文章だけでも、つい興味を惹かれる方は多いでしょう。

ただの不倫ではなく、なんと梨園の妻だった方の不倫が実名で書かれている。しかも林真理子の小説となれば、どれだけのエンタメ性と鋭い描写が詰まっているのか。意地悪な好奇心を嫌でもくすぐられます。


「女として生を受け、これほどまでに愛された自分は本当に幸せでした」
こんなことを口にする女はまずいない。まわりを見わたしても、たいていは大きな不満を持ちながら、惰性で結婚生活を続けている。仲がいい夫婦もいるにはいるが、家族愛へと変化するそれで、情熱とは違う。
夫以外の男性と恋愛しても、それを貫くことはないだろう。リスクが大き過ぎることをしないのが賢明だと皆考えている。


プロローグを読みながら「うんうん」と、つい頷いてしまいます。

夫以外の男性と恋に落ちた有名人が、どんな告白をするのか。どれほどの困難や苦労を経験し、その人生にどう折り合いをつけるのか。

けれど読み進めると、どうも様子がおかしい。

いわゆる「ドロドロ」な展開を期待するゴシップ心は、大きく裏切られることになるのです。


博子は人妻で男の子の母親だった。しかしそれが何だったのだろう。
私は「出会ってしまった」男と女の物語を書いて世に問うてみようと思う。この本を読み終えたら、誰しもが二人は結ばれて当然と感じるに違いない。
「不倫」という言葉を寄せつけないほど二人は正しく高潔であった。これはまさしく「奇跡」なのである。


このプロローグの通り、物語はどこまでも高潔で美しいものでした。

いつもの林真理子さんの小説とはちがい、登場人物の高慢さや狡さは微塵もなく、素晴らしい結末を迎えるのです。

『奇跡』を出版した講談社の文芸関係者によると、「この異例の売れ行きは、ちょっとした社会現象になるかもしれない」と言っていました。

そして、「不倫」「社会現象」というキーワードで思い出したのは、もう25年以上も前に大ブームを起した『失楽園』(渡辺淳一)。

この2作を比べてみると、ちょっとした共通点があったのです。

次ページはネタバレを含みますが、この2つの不倫小説について書いていこうと思います。