美琴が交通事故にあい、救急車で運ばれたときいたとき、僕はまだ会社にいた。3人で夕飯を食べられるように、19時には退社しなくちゃ、と猛烈に書類を作っているときに、その電話はかかってきた。

橋本たちは、幽霊や想いが作用する事象がこの世にはあるのだと言う。

それならば、どうして美琴は出てこない? 彼女以上に思い残すことがあったひとなんてそうそういない。まだ小学生だった最愛の一人息子と、大恋愛の末に結ばれた夫を残して、近所に豆腐を買いに行って夜道で酒気帯び運転ではねられるなんて、どれだけ無念だったろう。一目会えるなら、絶対に幽霊になってでも会いにきたはずだ。

「ここぞというときに1回だけ、会いにくる力があるのかもしれないな。そういう話をきくとさ。いい話だな」

部長がしたり顔で頷きながら熱燗を飲むが、僕は最後まで何もコメントすることはできなかった。

もう一度会いたい


「ただいま。翔平、遅くなってごめんな、駅前でシュークリーム買ってきたぞ~」

 

僕はガラガラと今時珍しい横開きの玄関を開けると、洗面所に行くより先に翔平の部屋のドアをノックした。返事がなく、もう一度ノックしてからのぞき込むと、電気はつけっぱなしでベッドですでに寝ていた。転がっていたゲーム機を拾ってから電気を消す。

実家をリフォームしたこの一軒家は、僕の生家でもある。両親は早くに結婚した妹夫婦とこの近所に二世帯住宅を建てたので、この家は僕が美琴と結婚したことを機に戻ってきた。木造の建物は古いけれど結構しっかり作ってあって、美琴も和室があるのもいいね、と気に入っていた。リビングよりも、和室が気に入って、こたつを置いてそこでくつろいでいた美琴。

そのせいもあって、僕は美琴の事故以来、なんとなく和室よりもリビングにいることが多かった。彼女がそこにいたことを思い浮かべると、6年経った今も、胸がぎゅうっとなる。

 

もちろん、四六時中悲しんでいるわけではない。翔平との2人暮らしは平穏を取り戻していたし、2人の生活のリズムもできあがっていた。それでも、今、もし誰かが望みをひとつ叶えてくれると言ったら、迷うことなく美琴に戻ってきてほしいと頼むだろう……。

風呂に入って、簡単に掃除をしてから出る。隙間時間を使って家事の効率を上げるのはシングルファーザーの知恵だ。

しかし、久し振りのアルコールは思った以上に体に回っていた。僕はTシャツとスウェットをどうにか着て、だらしなくソファーに倒れ込む。

――あー、水飲んで、歯を磨かないと……。

僕はそう思いながらも、体を動かせず、眠りの沼に引きずり込まれていた。

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亡くなった妻にもう一度会いたい夫。しかし思わぬ事件が……!?
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