行方不明の乗客、1名


「このお客様……『当たらない』ね……」

ドアクローズ(出発)3分前。私たちは困惑していた。

カウンターでチェックインを済ませていて、まだ搭乗ゲートを通過していない人は4名。リアルタイムでゲートのPCに表示される。うち3名は男性で、マイレージ上級会員。データを見ると、毎週のように羽田/伊丹便にビジネスチケットで乗っているから迷子ということはないだろう。おそらくギリギリに会員ラウンジから移動してくる。

しかし、気になるのが残り1名の女性、サワダエイコ様、58歳。マイレージ会員情報はなく、同行者の記録もない。こういうケースでは、搭乗口を間違えている場合が多い。座席番号を見て、搭乗口番号と勘違いしてしまうのだ。

「サワダ様の座席18チャーリー(Cシートのこと)、18番搭乗口付近捜索完了、誰もいないとのことです」

吉田さんが無線で離れた仲間に確認し、報告する。

「了解。手荷物検査場ABC、捜索しましたが、お声がけに反応ありません」

私も並行して内線電話でバックオフィスに確認したが、そちらでもサワダ様は確認できない。ご高齢の方ではないので、特徴が分かり辛く、私はゲートのまわりを駆け回ったが合致するような女性の姿はない。

「仕方ないわね……手荷物を貨物室から降ろすように指示します。サワダ様をキャンセルして、フライトを定時に出発させます」

 

2分前。ビジネスマンの3人が早足にゲートを通過、いよいよ残りはサワダ様だけとなったタイミングで、責任者の絵里子が宣言した。この判断は至極まっとう。私が責任者でも普段なら同じ判断をすると思う。……でもそのとき、私にはどうしてもひっかかることがあった。

15分ほど前、ゲートが不具合を起こし、再起動をかけた。幸いすぐに正常化したが、あの時、「すり抜け」が起こらなかったと断言することができない。なぜならば……。

 

「申し訳ありません。私、さっきシステム不具合があったとき、10秒くらいですが、お客様に質問されてゲートから目を離していました。万が一その間のすり抜けだとしたら、大変なことだから、キャビンカウントをさせてください」

私の言葉に、責任者である絵里子の顔がひきつった。できればこんなことを言いたくないし、私も気のせいだと思いたい。

しかし、搭乗口は最後の砦なのだ。万が一サワダ様がゲート不具合をすり抜けてそのまま搭乗していたら、そしてその名前をデータ上はキャンセルしてしまったら、私たちは航空会社として絶対に、絶対にやってはならない「最終搭乗者リストにない人を運ぶ」ことになってしまう。それは、安全性の観点から、絶対に超えてはいけない一線だった。

――ごめん、絵里子……! キャビンカウントしたら、確実に遅延しちゃう……。でも……。

脳裏に、さっき鎧塚さんに叱られた言葉が浮かぶ。ダブルチェック、トリプルチェック。

「あと30秒です。ゲートクローズしますか!? キャビンに入って搭乗者数を数えるなら……急がないと」

吉田さんが緊迫した様子で私たちの顔を見る。遅延したらこのフライトは伊丹の門限に間に合わず、最悪はリターン(出発地に戻ること)したり、関空にダイバート(予定と違う空港に着陸すること)したりする可能性がある。大きな判断に、絵里子が迷っていた。

「キャビンカウントに入ってください。定時運航よりも、安全を優先します」

振り返ると、鎧塚さんが、無線を片手にゲートの中に飛び込んできた。

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空港の「奇妙なハプニング」。グランドスタッフがとる行動とは?
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