空港プロが見た「サイン」を受け取る人の存在


「……結局、サワダ様は完全に1時間間違えて、離れたレストランでお蕎麦をすすっていたわけか……。つまり飛行機に乗っていないだけだったと。すり抜けたかも、は杞憂だったんだな。4分遅れで、伊丹に着陸できたから良かったようなものの、これでリターンになってたら、お前、会社に何百万単位の損失だぞ……」

デスクに座った部長が、苦虫を嚙み潰したような顔で私と鎧塚さんを見る。

「笹本も、まあ慎重なのはいいけどな、多少は空気を読まないと。最終の伊丹便だぞ。嫌な予感がする、程度で毎回キャビンカウントとってたら破産する」

部長の言葉に、頭を下げようとしたとき、鎧塚さんが割って入ってくれた。

「そうでしょうか? お言葉ですが、彼女の10年の経験や勘から判断したことです。結局無駄足に終わりましたが、私は笹本が声を上げたことは正しいと思います。うやむやにしないで、自分のミスと違和感を無視せず確認を求めた。プロの行動です。」

「……ま、まあ、鎧塚さんがそういうならな。もう帰っていいぞ。お疲れさん」

2年前にこの現場に配属になったばかりの部長は、結局のところ現場30年の鎧塚さんの前では赤子同然。どうにか威厳を保ちつつ、私たちを解放してくれた。

「……あの、鎧塚さん。ありがとうございました。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

ロッカーに戻ろうとする鎧塚さんを、もう誰もいなくなった廊下で呼び止める。相変わらずの鋭い視線で私を一瞥すると、鎧塚さんは歩調を緩めて並んで歩いてくれた。

「いいのよ。謝ることじゃないわ。……私ね、この仕事長いけど、ひとつだけ心に決めてることがあるのよ。『サインを見逃さない』ってこと」

「サイン?」

コールサイン? 暗号? 署名? 私の頭ははてなでいっぱいになる。

「……20年前ね。私がちょうどあなたくらいの年次の頃よ。お子様一人旅の8歳の男の子がいてね、単身赴任のお父様のところに月1回乗る子で、すっかり顔見知りになったの。

でもある日、『今日は絶対に飛行機に乗りたくない。嫌な感じがする』って言って泣いたの。私はもちろん、虫の居所が悪いのかな? って思って、なだめてすかして手続きしたわ。お母様もそうして欲しがっていたし、チケットは変更できないものだったしね。

 

不思議とその日、なんだか小さな不具合が続く、とか嫌な予感がする、いつもと違う感じがするって証言したスタッフやお客様がいたことを、あとからきいたわ。実際に、何人かのお客様が、空港で予約をキャンセルしたのよ。虫の知らせ、サインを受け取った人、ということなんだと思う。……事故が起きた、あの飛行機よ」

「え!? 胴体着陸でけが人が沢山でた、あの20年前の……?」

 

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空港の「奇妙なハプニング」。そこにはとある法則があり……?
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