平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
お隣のあの人の独白に、そっと耳を傾けてみましょう……。
 

第17話 45分


「どうしよう……11時30分まで……あと45分!?」

私はアウトドア用の腕時計を見て、思わずつぶやいた。

出発のとき、ガイドさんから聞いた言葉が頭をぐるぐる回る。「最後のバス」は11時30分に出発。乗り遅れたら置き去り。そして正午を過ぎたら……。

岩肌の向こうを振り返る。「日向と日陰の境界線」は、じりじりと、私が座り込むザイルを張ったルート付近に迫っていた。

太陽の光線があるほうから吹く、微かな一筋の風が、頬に当たる。

それはもはや、灼熱の熱風だった。蠅が、かすかな水分を求めて目の周りに飛んでくる。ザイルを握りしめたてのひらが、汗でびっしょりと濡れていく。

 


夢の大地へのトリップが一転……!


夢に見た、オーストラリアの中央部。写真家だった亡き父の作品を見たときから、砂漠の真ん中にある、巨大な山のような岩登りは長年の私の夢でもあった。

会社員として、勤続10年。10日間のまとまった休みが取れると知ったとき行先は迷わなかった。一人旅だったから、どうせなら一番行きたいところに行こう、一生に1回の記念に! そう考えて、遠路はるばる真夏の南半球にやって来た。

オーストラリアの国内線は乗り継ぐたびに小型機になり、最後はセスナのような飛行機。空港とは名ばかりの、見渡す限りの砂漠に降り立ったときは感激した。

夢にまで見た絶景。赤い大地に、さらに真っ赤な岩がそびえたつ。ここは地元、アボリジニの聖地としてまつられている場所、大古の昔からのパワースポットだった。

一帯は国立公園になっていて、世界中から、この素晴らしい自然遺産を見るために人々が訪れている。私を含めた観光客たちは、岩から数キロ離れたリゾートエリアのホテルを取り、灼熱の昼間はそこで思い思いに楽しんで、サンセットやサンライズを堪能する。

それもそのはず、日中は酷暑を通りこして、陽がもはや凶器のように肌を刺す。乾燥のレベルは日本人の常識から見ると、髪や肌を焼かれるようなもの。湿度0パーセント、気温は42度以上。リゾートと言うには過酷すぎる環境だった。

それでも、わざわざここに来るのは、譲れない理由があった。
 

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日常に潜む、恐ろしい話をのぞいてみましょう……。
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