娘の負い目


「さっき母の病院に差し入れついでに、買ってきたんです、水ようかん。もし皆藤さんに会えたらご一緒しようと思って」

急いで鍵をあけて家に入り、買ってきた冷えたお茶をグラスに注いで、水ようかんと一緒に縁側に運んだ。

「ああ、申し訳ない……ありがとうございます。今年ももうそんな時季ですか。ではひとつ、遠慮なくいただきます」

皆藤さんはちょこんと縁側に座り、にこにこしながら水ようかんをほおばる。

東京に嫁いで、仕事と子育てに忙しく、実家に帰ってくるのは年に数回。父が定年後すぐに亡くなってから一人暮らしをしている母を放っているという自覚がある分、皆藤さんのように母をそれとなくサポートしてくれる近隣の人や業者さんに心から感謝していた。

……そして同時に、罪悪感もあった。周囲のひとの善意頼みで、ここまで来てしまったのが、一人娘として心苦しい。母が庭先で転んだときも、救急車を呼んでくれたのは通りかかった皆藤さんなのだ。

 

「皆藤さんにはお礼をしたいと思っていながら、遅くなりました。病院の母に聞いてもお電話番号がわからなくて……。あの、鶏はさきほど役所の方にきいて、明日お譲りする先が見つかったんです。この数日、本当に助かりました。今夜は私が泊まりますから、もうご放念いただけたら」

「ははは、いやあ、お嬢さんも忙しいのに、大変だ。俺はどうせ毎日このあたりで仕事ですから、鶏に餌をやるくらいなんでもないですがね。三田さんが丹精した畑ももう少しで夏野菜ができるし、なあに、水やりくらい任せてくださいよ」

 

都会では、赤の他人のために、いくら近所だからって庭の世話までしてくれる人がいるなんて考えにくい。世界が狭いとばかりに飛び出した故郷だったが、温かさが確かにある。だから母も、東京のグループホームに転居を勧めても、決して乗ってこなかったのだろう。

きっと母は、皆藤さんのように毎日会う人のほうを、私よりもよほど信用していたに違いない。18から上京した私は、考えてみればもう30年近く、離れて暮らしているのだ。

……今日ここに来た目的の一つを思い出す。私は思い切って皆藤さんに、ある質問をしてみることにした。
 

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娘が思い切って、とあることを男に尋ねるが……?
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