自己責任のアドベンチャー


環境保全と、先住民たちに敬意を払い、まもなく観光客は岩をトレッキングすることができなくなる。リゾートエリアから遠巻きに眺めるだけ。

「頂上から見ると360度、全部が赤く染まるんだ。神々しい、ってああいうことを言うんだな。写真ではとても収まらないよ。世界中巡ったけど、白旗をあげたのは、あれが初めてだった」

父にそこまで言わせる、素晴らしい現場を、一目見て見たかった。もちろん、聖地に踏み入ることにためらいはあったけれど……これが生涯最後のチャンスだと思うと、私はその機会を逃せないと思った。

かくしてやってきたオーストラリアの中央部。実際に来てみると、予想外のことはいろいろあった。おびただしい蠅、見渡す限り1滴の水分もない致死の乾燥、それとは対照的に予想に反してラグジュアリーなリゾートエリア。

しかし1番驚いたのは、夏場の岩登りトレッキングは時間との勝負ということだった。夜明け前にバスでリゾートを出発。30分ほど闇の荒野を移動し、日の出を拝む。砂漠エリアなので、朝は肌寒いほど。朝日に照らされた大地を見ながら、日陰のほうから岩山を登っていく。日差しは、正午を境に、ザイルがはってある登山道のほうを浸食する。

木の1本も生えていない岩場で、直射日光にあぶられると、確実にドライアップする。脱水症状と熱中症や強風の滑落で、毎年たくさんの方が亡くなるらしい。そしてそれはあくまでも自己責任。9時過ぎから定期的に出発するリゾート行きのバスは11時30分が最終便で、それに乗り遅れたら、ほぼ確実に死んでしまう。

 

――え、木陰もない灼熱の砂漠に置いてきぼりになるってこと!? 人数カウントとか、入山届みたいなものは一切なし!?

 

骨の髄まで日本人の私は、そのアバウトでドライなシステムに衝撃を受けたが、そもそも良く思われていない聖地の岩登り。岩のふもとからシャトルバスが出ているだけも御の字。当然トイレも水場もなく、足腰の丈夫な人ならば往復数時間でOKの道のりとは言え、水を2リットル以上担ぎ、場所によってはザイルにしがみつくようにして登るこのトレッキングはハードなものだった。

登るために、せっかくここまで24時間以上かけてやってきたのだ。私は必要なものを現地で買い足し、3日目の早朝、満を持してトレッキングを始めた。

前半は順調そのもの。感激で、スマホで写真を撮りまくり、涙ぐみまくり、2時間弱で頂上についたときはあまりの美しさに絶句。そこで1時間ほども写真を撮影したり、ぼーっとしたりしただろうか。

9時30分、少し気温が上がってきたところで、余裕を持って下山を開始しようとしたとき。突如として恐ろしい異変を感じた。
 

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日常に潜む、恐ろしい話をのぞいてみましょう……。
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