まさかの痛みが意味するもの


――下るときだけ、膝が痛い……!?

体重のかけ方だろうか。登りではまったく気にならなかった膝が、不吉な鈍い痛みを訴える。下りの道は、右膝が伸びるたびに、「痛ッ」と小さく叫んでしまうほどだった。

岩というものが、見た目以上に足にダメージを与えるとは知らなかった。周囲には欧米人の観光客がまばらにいたが、皆極めて軽装で、なかには手ぶらにペットボトルを2本持っている人もいる。

そんな中で、リュックにごつめのスニーカー、長袖ドライパーカーにキャップ、背中に2リットルの水をかついでいる自分が、「足が痛いのでおんぶしてほしい」などというのは気が引ける。そもそも、下りはほとんどザイルにぶら下がってお尻から後ろ向きの姿勢で降りていくようなところもあるので、素人が誰かを背負って降りることなんてできやしない。なんとか自力で降りなくては。

岩山のふもとは、思いのほか近く見えた。バスと、それに乗ろうとしている人々も肉眼で見える。たしか有名アスリートの頂上からふもとまでの世界記録が、15分と聞いた。直線距離は大したことはないということ。最悪お尻をつかって降りて行けば、2時間あれば、なんとかなるはずだ。

私は必死でびっこを引きながら、岩を降り始めた。いつの間にか日が高くなり、稜線のすぐ向こうに、日差しが迫っていた。

 


緊急事態発生


「おおい! エクスキューズミー! そこの人! 頼む、助けてくれ、ヘルプ!」

膝はさらに痛みを増していた。100回ほど見た気がする時計を再び確認し、足の震えを抑えながら進もうとしたとき、突如、ザイル道から少し離れた岩かげから声がした。

「え!? あ、はい! ど、どこ!?」

思わぬ角度から、しかも日本語で話しかけられ、私は飛び上がるほど驚いた。もう、30分以上、ほかの人は見ていない。見知らぬ人でも、声が聞こえて嬉しくてたまらなかった。

「うわ! 日本の人!? た、助かった……! すみません、脱水症状で、眩暈がひどくて。10時頃、ここでしんどくなって休んだら、眠ってしまったんです。あの、申し訳ないのですが、水を分けていただけませんか?」
 

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怖いシーンを覗いてみましょう…。
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