命の期限


かっきり1分後、ゴウダタダシはふらふらと立ち上がり、私の後ろのザイルに手をかけた。

 


「今、何時ですか?」

「11時5分」

彼は時計も持っていないようだ。スマホはもちろん圏外だから、置いてきてしまったのだろうか? つっこみどころ満載で、同行の友達がもしこんな装備でここに来ようとしたら、ぶっ飛ばしただろう。

それでも、私は、ふしぎと彼に水を渡せて良かったと思えた。

もはや私の命運を握るゴウダタダシは、頭を2度振ると、斜面を後ろ向きに降り始める。成人男性が、25分で中腹からふもとまで到達できる可能性はどのくらいあるのだろうか。しかもまだ、どうみてもふらふらしている。

「あの、お名前は」

ザイルを握って真っすぐにこちらを見ると、彼は尋ねた。

「沢田愛里です」

「サワダさん。待ってて、必ず助けるから」

……生きていて、そんなセリフを実際に聞く日がこようとは。しかもこんなに切羽詰まった状況で。

「……うっかり好きになりそう。吊り橋効果というやつでしょうか……」

冗談が、力を生んだ。そうだ、こんなところで干からびてたまるか。天国のお父さんだって、これじゃ責任を感じてしまう。私は尺取り虫みたいに、不格好な姿で、岩を降りていく。ゴウダさんは、もう視界から消えていた。

彼はきっと間に合わせてくれる。そしてへたくそな英語で、つばを飛ばしながら説明するだろう。

だから少しでも下に、下に。生きる方へ進む。

ゴウダ氏を信じて、無様でもベストを尽くす。生きる確度の高いほうへ。

私は無心で、岩を降り続ける。孤独も、恐怖も、もう感じない。
 

【第18話予告】
ある日届いた不在配達通知。リンクを開いて入力したのが惨劇の始まり……。

春の宵、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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イラスト/Semo
構成/山本理沙

 

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