運命をねじ伏せる
恵梨香先生の話にすっかり聞き入ってしまった私は、その「結末」についてうまくリアクションできずに考えこんでしまった。
その不幸なアクシデントが結果的に結婚に結び付いたのだとして、どう教訓として生かせばいいのだろう。粘り勝ち? 本命は何があっても結局本命?
「……先生は、その事故がなくてもきっとご主人と結婚なさったと思います。運命のおふたりだったんだわ。アクシデントも、気の迷いも乗り越えたんだもの」
私の言葉に、恵梨香先生は意味深にほほ笑んだ。いつのまにか、大きな窓の外から差し込む陽射しは陰っていた。
「運命の相手、なんて私はいないと思うな。必要なのは『強い意志と、行動力』よ」
「意志と行動力……?」
私は恵梨香先生にはあまりにも似つかわしくないその言葉を反芻した。
「そうよ、絶対にこの人と結婚するという気持ち。それがないなら、本気の人に譲ることよ」
恵梨香先生は、すっかりお湯が冷めちゃったわね、とほほ笑んで差し湯用のポットを持つと、キッチンのほうへ歩いていく。
「そうそう、以前、すごく珍しいスリランカのお茶をいただいてね。志保ちゃんに飲んでほしいわ」と言いながら、パントリーからミニ脚立を出してきて、頭上の収納棚を開けようとするではないか。
「あ! 恵梨香先生! だめだめ、危ないわ、私がとりますから……」
慌ててダイニングから立ちあがる。先生は階段でもバランスがとれないのに、2段とは言え、脚立なんてもってのほか……。
しかし彼女は、軽やかに脚立の天板に乗ると、左足を軸に少し背伸びをして、頭上の棚からルビー色の紅茶の缶を取り出した。
そのまま30cmほどを、ひらりと音もなく飛び降りる。まるで上等のペルシャ猫のように、しなやかに。
後遺症があるはずの、左足から。
そしてアーモンド型の目を細めて「秘密ね」と囁き、桜色のネイルが施された細い人差し指を唇に当てた。
私は先生の告白を頭の中で反芻する。どこからどこまでが、「秘密」?
……悩んだり羨んだりするだけの私。
すべてを「引き寄せている」彼女に、憧れること自体が分不相応なのだと、私はそのとき悟った。
結婚式場でプランナーとして働く男。ある日奇妙な女性が訪れ……?
春の宵、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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構成/山本理沙
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