みなさんはイタリアという国に、どんなイメージを持っているでしょうか。陽気でおおらかな国民性、洗練されたファッションと美食の国、多くの芸術が生まれる文化的土壌……。一度は訪れてみたい「憧れの国」にイタリアを挙げる方も多いのではと思います。40年以上イタリアで暮らすジャーナリストの内田洋子さんが教えてくれるのは、その内側からしか見えないイタリアの“ふだん着”の姿。新著『イタリア暮らし』では、観光ではわからない、市井の人々の不安や閉塞感にも触れ、内田さんも自身の思いを巡らせています。今、日本で暮らす私たちともどこかつながるようなその光景について、本書からその一部をご紹介します。

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農業従事者110万人のうち、37万人は外国人労働者


「イタリア全土の農耕地を隈なく見て回るように」とのミッションのもと、内田さんはイタリア全土の農耕地を14年かけて見て回ったことがあるのだそうです。遊牧をしながら暮らす自称114歳の男性との出会い。干からびた土地にも根を張るブドウ。そのブドウで作った荒々しくも甘いあと味のワインなど。「どんな辺鄙(へんぴ)なところにも必ず耕地はあり、見捨てられることはなく、土のあるところにはその土地ならではの作物があった」と、イタリアの農業を守る人々と、そのささやかな営みについて教えてくれます。

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そんな中、内田さんが目を向けたのは、イタリアの農業に携わる外国人労働者についてです。「イタリア農業連盟によると、全土の農業従事者110万人のうち37万人は外国人労働者が占める」といいます。そうした背景を持つイタリアの農業は、コロナの蔓延によって次のような事態に陥りました。(データは、『日本経済新聞』2021年12月2日「ありがとう」掲載時点のもの)

 

正規に入国が許可されている外国人労働者に加えて、農業部門だけでも20万人を超える不法入国者が従事しているとされる。特に北イタリアでは作業人員が足りず、これまでも種まきや収穫などを海外からの季節労働者に頼ってきた。どんなに機械化が進もうと、人の手にしかできない作業がある。真夏の数日間に集中して取りかかるトマトの収穫も、斜面に生える木を揺すりながら集めるオリーブも、手作業なしには成り立たない。

ロックダウン発令で、イタリアの農業の命綱である外国からの季節労働者が入国できなくなってしまった。野菜や果実が生る春夏になっても人手は揃わず、農作物の過半数が収穫されないまま廃棄されていった。秋に収穫予定の農作物も、たとえばワイン用のブドウも、準備に手が回らず減産となったものも多い。

放り置かれた農作物を思い、胸が詰まった。農業の危機は牧畜業の危機へと繋がり、国民の食生活を脅かす事態を招くことになった。
――『イタリア暮らし』より(『日本経済新聞』2021年12月2日掲載のコラム「ありがとう」)