子どもの頃の逆境体験が大人になった時の病気の原因に

 
​ー​ートラウマはどんな原因で発生するんでしょうか。

白川:トラウマのもととなる「小児期逆境体験」というものあります。どういうものかと言うと、育児放棄といった「身体的ネグレクト」、あとは「情緒的ネグレクト」といって、話を聞いてあげないとかそういうことです。あとは家庭内に薬物アルコールを含む乱用者がいたり、心の病がある人がいた、お母さんが暴力を振るわれていた。ほかにも親が離婚または別居していた、といったような10個の項目を調べたら、大人になった時のいろんな病気と関係していたという結果が出たんです。小児期逆境体験を経験すると、いろいろな障害が出やすくなってきます。そして、DV被害と児童虐待はとても関係があるんです。配偶者から暴力の被害を受けたことのある家庭の3割が、子どもの虐待被害もあることがわかってきています。また、たとえ自分が殴られたり蹴られたりしなくても、いつも親が怒鳴っているとか、暴言を吐いているという「威圧」もすごく子どもに影響を与えるんです。

 

白川:通常、センシティブな養育を受けていると安定型の愛着が育ちやすくなります。その安定した愛着によって子どもは自己調節を学び、それによって有能感を得てさらに成長します。例えば、しつけのなかに必ずある制限や制止は、最初は子どもにとっては苦しいことです。でも日頃の親の態度や子どもとの関わりによって子どもはそれを受け入れていけるように成長します。例えば「お菓子を買って」と親に言った時に、親から「今は駄目だよ」と言われたとします。そのときに、日頃の親のセンシティブな養育のなかで、子どもが今はダメだということの意味がわかるような育て方がなされていて、子どもに親に対する「認識的信頼」(epistemic trust)というものが育っていたら、子どもはその「制止」を素直に受け入れることができます。でも、日頃から虐待的な養育を受けていて、親本位に禁止をされたり、全てについてダメ出しされていたら、この認識的信頼は育ちません。そういう子どもが「今は駄目だよ」といわれたら、日頃の恐怖から自分を抑え込んで迎合するか、気持ちや衝動のコントロールができなくてかんしゃくを起こすかどちらかになってしまいます。この認識的信頼というのは重要です。この親への信頼が基盤になって、それは社会への信頼の基盤にもなり、子どもは世界について学べるし、自分のことについて学ぶための基礎ができるんです。でも、現実はDVが10件に1件起きているわけです。10軒に1軒の家の子ども達が認識的信頼が育つ機会を奪われ続けていることになるんです。

 

ーーDVを目撃する「面前DV」や、親が怒鳴るといった行為は、自分が直接殴られたわけではないので、それが重大なことだと自覚しづらいですよね。

白川:自分にとって大切な愛着を育まないといけない人との間に起こってしまうっていうのはすごく大きなことなんです。だって子どもにとって親は「世界そのもの」だから。親は世界の代表の人間なんです。代表の人間が怖かったり、信頼できなかったりするのは、世界が怖かったり、人全般が怖いということ。すごく大変なことなんです。