『スリー・ビルボード』
監督:マーティン・マクドナー
出演:フランシス・マクドーマンドウディ、ウディ・ハレルソン、サム・ロックウェル
配給:20世紀フォックス TOHOシネマズ シャンテほかにて公開中
©2017 Twentieth Century Fox


3月に発表されるアカデミー賞で作品賞をはじめ、主要6部門7ノミネートされている『スリー・ビルボード』。あえてジャンルわけするとすればクライム・サスペンスということになるのかもしれませんが、どこに向かっていくのかまったく予想できない作品になっています。冒頭で映し出されるのは、ミズーリ州の田舎町の道沿いに掲げられた「レイプされて焼き殺された」「逮捕はまだ?」「どうして? ウィロビー署長」という3つの看板。この挑発的な“スリー・ビルボード”を掲げたのは、娘を何者かに殺され、まだ犯人が逮捕されていないことに苛立つ母親、ミルドレッドです。地元警察のウィロビー署長や彼を信奉する部下のディクソン巡査を巻き込みながら、彼女のこの行動が小さな田舎町を騒がせることになります。

 

ジャンルも登場人物の描写も単純ではないことは、映画がはじまってすぐにわかります。娘を殺された被害者家族なのだからこのお母さんに心から同情したいのに、それは完全にやりすぎでしょ! という行動を次々と繰り出すミルドレッド。『アウトレイジ』ばりに歯科医に“逆襲”するシーンでは、あまりのことに笑ってしまいました。事なかれ主義だから犯人を捕まえることができないんじゃないの? と署長を責められれば観客としても気持ちは楽だけれど、捜査についても誠心誠意話してくれる姿を見ると、あれ? 何だかいい人だよね、と思わされて……。差別主義者でとんでもなく愚かなディクソン巡査の秘密と変化も、意外なほどの感動をもたらしてくれます。物語が進むにつれて、はっきりとした善悪で物事を断罪しようとしているのは、この町の人々ではなく自分なのではないか、と試されているような気持ちになりました。

 

シリアスな作品かと思いきやブラックな笑いのあるコメディへと色を変え、ラストは思いがけない組み合わせのふたりが出かけるドライブを描き出しながら、じんわりと心温まる人間ドラマへとアクロバティックに着地していく。役者陣の好演はもちろん、暴力や差別の連鎖というアメリカの闇を描きつつも、わずかな希望のかけらを見逃さない脚本が本当に素晴らしい! アカデミー賞脚本賞は間違いなく受賞するのではないかな、と思います。

 

PROFILE

細谷美香/1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。
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