累計売上げ200万部超えというロングセラーとなった、“勇気”シリーズこと『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』。すべての悩みは人間関係にある、トラウマは存在しない、承認欲求を否定する、など、アドラー心理学に基づいて幸福への道を追求した2冊だ。前編では、その著者でアドラー心理学の第一人者である岸見一郎先生に、mi-mollet世代の模索する“幸福”というものについて伺った。後編では、夫婦やママ友など人間関係の方向から、より具体的な“幸せになる勇気の持ち方”を教えてもらった。

岸見一郎 哲学者。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。1989年からアドラー心理学を研究。日本アドラー心理学認定カウンセラー・顧問。ライター・古賀史健氏との共著『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(ともにダイヤモンド社)がベストセラーに。現在はアドラー同様、世界をより善いところとするため国内外で講演、カウンセリング活動もおこなっている。


苦手なママ友を切らない、という決心をしている


アドラー心理学は「すべての悩みは対人関係にある」と言っているが、mi-mollet世代の人間関係における悩みといえば、寄せられるのは夫婦関係とママ友に関するものが多い。この2つの関係性を改善することこそが幸せにつながる道なのかもしれないが、そこには私たちが思っている以上の勇気が必要とされるようだ。

「嫌いなママ友をなぜ切れないのかといったら、親同士の関係が悪くなることによって子どもがいじめられる、という理由がよく聞かれます。でも本当にいじめられるかどうかは分かりません。そして恐らくは、いじめられないでしょう。皆さん、子どものために我慢して付き合い続けているかのようにおっしゃいますが、本当は自分のためなのです。なぜなら人とつるまず自分の足で生きていくのは大変なことで、みんなと一緒に生きているほうがラクだからです。たとえばランチに誘われたとき、本当は断りたいけど断れない、という悩みを挙げられます。なぜ断らないのか? 嫌々でも行けば、いつもと同じことが起こるということは分かっているから。つまらないけれども、そのほうが安心なのです。反対に誘いを断ると、次に起こることは分からない。きっと波風を立てることになるだろうということは分かりますが。不安ですが、つまらない時間は過ごさなくて良くなります。それが“嫌われる勇気”であり、“幸せになる勇気”なのです」


実は不幸でいることのほうがラク


“幸せになる勇気”は、決心さえすれば誰でも今すぐ持てるもの。でも持たないという決心をしてしまえば、人と合わせる人生になってしまう。そう聞くと、「幸せにならない決心をする人なんているの?」と思うかもしれないが、実は人は不幸になるほうがラクなのだと、岸見先生は言う。

「幸せでいるためには、先に言ったようにランチの誘いを断るなど、エネルギーを要します。それは坂道を登るようなもの。反対に不幸とは、坂道に置いた石ころのようなものです。“坂道を転がるように転落していった”などといった言い方がよくされますが、勝手に転がっていくのでラクでもあるのです」

そしてもう一つ、不幸であることの良い点がある、と岸見先生は言う。それは、“承認欲求”が満たされることだそう。

「皆さんの中には、華やかな人たちのSNSを見ては、自分と比較して落ち込んでいる方もいらっしゃるのではないかと思います。だったら見なければいいのに見てしまう。それはなぜかというと、自分がいかに不幸か確認したいから。不幸であれば、多くの人から注目されたり同情されたりするからです。屈折した承認欲求です。一方、幸せな人は、悩んでいませんから誰からも注目されません。多くの人が持てないのは、この勇気です。だから介護が心配だ、病気が再発したらどうしよう、とどんどん不安を作り出して、不幸になろうとする。井上陽水の『感謝知らずの女』という歌に、“ダイヤモンドの指輪 いつか誕生日にあげた そしてあなたは言った もっと大きいのが欲しいわ”というフレーズがあるのですが、まさにそれと同じ。不幸を求めると、“もっともっと”とエンドレスになってしまうのです」


幸せは表現的なもの。行動を変えれば心も変わる

何と、人は無意識に不幸でいることを決心していたかもしれないなんて! とはいえ、本当の意味でそのような決心をしている人は少ないはず。ではどのようにすれば、無意識に不幸を求める循環から抜け出すことができるのだろうか?

「毎朝、鏡を見ることをオススメします。おそらく今までは、『私の人生は暗かった』というような気持ちで自分の顔を眺め、ため息をついていたのではないかと思います。それをやめて、『私ってきれいだわ』とにっこり微笑むのです。気持ちを変えるには、まず行動を変えるのが一番効果的。鏡で自分の顔を見るのが嫌なら、会う人に挨拶することを心がけるだけでも、大きく変われると思います。幸福は、内面的というより、他の人に表現されるものです。いつも機嫌が良い人といるとまわりも幸せな気持ちになるし、反対にいつも不機嫌な人とは一緒にいるだけで気持ちが滅入ります。それと同じで、『自分が幸せになる』と決めてそう振る舞えば、今この瞬間から幸せになれる。私自身、大病をしてからは毎日『今日も生かされている』と、生きていることが幸福であると思えるようになりました。夫も子どもも理想とは違うかもしれませんが、今、皆が生き、自分も生きている。すでに幸せだと気づくことが大事だと思うのです。今ここにある幸福を知り、気がついたら遠くまできていた、という人生がいいですね」


セックスは「ただいま」から始まっている

もう一つ、mi-mollet世代に多い悩みに、夫婦関係の問題がある。それは、「夫との関係は冷えきっているが、子どものために離婚できない」といったものから、「家族としては好きなのだが、女として見てもらえない(あるいは夫を男として見ることができない)」といったものまで。これらは、どのように受け止めればすでに幸せであることに気づけるのだろうか?

「子どものために離婚しないというのも、男として見ることができないというのも、アドラー心理学の観点から言えば“人生の嘘”です。子どもやセックスレスを言い訳にして、自分が幸せになろうという決心をしていないだけ。少し厳しい言い方をしてしまいますが……。では改善するには、どうしたらいいのか? ここで、セックスの話を少ししましょう。
 セックスは、『ただいま』から始まります。そして食事をしながら、その日あったことなどを話しますね。それをAとすれば、性器の接触を含まないペッティングがB、性器の接触を含むペッティングがC、挿入まで達するのがDです。一般的には、Cから、ヘタしたらDからがセックスだと考えられています。しかしAからセックスが始まるのであれば、二人の会話がなければCやDがあってもセックスレスなのです。反対にAがあれば、つまり親密な会話があれば、セックスレスではないことになります」

ただし夫と顔を合わせたとき、今日一日がどんなに大変だったか延々と訴え上げる、これはAではないのだと言う。

「セックスレスを脱するには、時々は子どものことを話題にしない会話をしなければいけません。私はカウンセリングで、夫婦仲が悪くて悩んでいる人にどういう助言をするかと言うと、『子どもを誰かに預かってもらって二人きりでデートをしてください』と言うのです。そしてその際は、子どもの話は厳禁である、と。心理的に子どもを連れ歩くのも厳禁です。たとえば『あの服、あの子に似合いそうね』などと会話してもいけないのです。さらには、別れるときも一緒に家に帰らないこと。間違っても帰り道、『今日はご飯作るのが面倒だからお惣菜買って帰ろうよ』などと話してはいけません。結婚する前、あるいは結婚直後の二人に戻ることが大切なのです。これを何度かやってもらうと、夫婦の関係は劇的に良くなります」

とにかく多くの家庭はAがない、と岸見先生は指摘する。家庭によっては、DはあってもAはない、という場合も少なくないのだそう。

「Dだけして、疲れてすぐ寝てしまう。それもある意味セックスレスなのです。ですから夫婦の場合はA→B→C→Dと進めば、D→C→B→AとAに戻ることが大事なのです。もしくはA→B→C→B→Aでもいいし、A→B→Aでもいいし、Aだけでもいい。とにかくA。Aさえあればセックスレスではありません。夫もAに充実感を持っていれば、外に関係を求めることはないはず。幸福と同様、愛もモノではなく“流れているもの”です。人は、良いコミュニケーションができているときに『この人を愛しているんだな』と思う。その逆はありません」

前編はこちら>>

 

<新刊紹介>
『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』

岸見一郎、古賀史健 著 ¥1500(税別) ダイヤモンド社

フロイト、ユングと並び心理学の三大巨頭と称されるアドラーの思想を基に、“哲人”と“青年”の対話という形で、「どうすれば人は幸せになれるか」を提示した一冊。「トラウマを否定せよ」「すべての悩みは対人関係」「他者の課題を切り捨てる」「世界の中心はどこ
にあるか」「『いま、ここ』を真剣に生きる」の5章構成で、そのシンプルな真理は、読む前と後であなたの人生を変えるかもしれない……。
 

 

『幸せになる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教えⅡ』

岸見一郎、古賀史健 著 ¥1500(税別) ダイヤモンド社

『嫌われる勇気』の続編で、勇気二部作の完結編となる。「悪いあの人、かわいそうなわたし」「なぜ『賞罰』を否定するのか」「競争原理から協力原理へ」「与えよ、さらば与えられん」「愛する人生を選べ」の5章から成り、『嫌われる勇気』で提示された幸福への道を、具体的にどのように歩んでいけばいいのかを、同じく“哲人”と“青年”の対話形式で提示している。


取材・文/山本奈緒子 写真・構成/大森葉子(編集部)