『ファントム・スレッド』
監督:ポール・トーマス・アンダーソン
出演:ダニエル・デイ=ルイス、ヴィッキー・クリープス、レスリー・マンヴィル
配給:ビターズ・エンド/パルコ 全国順次公開中!
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世の中には、え~、あの人とあの人が!? という意外なカップルや夫婦がいるものですが、世界中の愛し合うふたりの間にはあまねく、当人たちにしか共有できない秘め事めいた何かがあるものなのかもなぁ。それが一見、歪んだ結び目だとしても、なんてことを考察したくなってしまう映画『ファントム・スレッド』。ダニエル・デイ・=ルイスが『ゼア・ウィルビー・ブラッド』でも組んでいるポール・トーマス・アンダーソン監督と、10年ぶりにコラボレーションした作品としても話題を呼んでいます。
50年代のロンドン。オートクチュールのデザイナーで仕立て屋のレイノルズは、別荘のそばのレストランで素朴なウエイトレスのアルマに一目惚れ。仕事をサポートする姉とともに暮らす邸宅に彼女を迎え入れます。けれども神経質で完璧主義者のレイノルズの日常のペースは、がさつなところのある彼女の存在で乱されることに。レイノルズがこれまでと同じように彼女を追い出すのか、それとも……。
レイノルズはアルマの内面になど興味はなく、惹かれたのは亡き母を思い出させる体型のみ。中盤までは若い女が権力を持つ男にミューズとして消費されていく物語かと思いきや、アルマが反撃を企てていくのがこの映画のスリリングなところ! もちろんその方法は映画館で目撃してほしいのですが、『ガラスの仮面』のオーディションで北島マヤがパントマイムで演じた「毒…! 私の切り札(白目)」のその先といいますか、飲みすぎたのはあなたのせいよ的な男と女のラブゲームといいますか……、私はラストを見届ける頃、あまりのことに笑ってしまいそうになりつつ胸打たれ、これって究極の愛では!? と思ってしまいました。
艶やかに発光するドレス、生き物のように流麗なカメラワーク、現れては消える母のゴースト、そして不穏な音楽。めくるめく美しい映像に身を委ねる極上のうっとり感も味わえます。ダニエル・デイ=ルイスはどうかしているほど役作りにこだわる俳優として知られていますが、今回も一年間裁縫師の修行をしてから撮影に入ったそう。本作を最後に俳優業から引退することを発表していますが、“やめるやめる詐欺”であることを心から願います。名優の相手役に抜擢され、堂々たる演技を見せたのはルクセンブルク出身のヴィッキー・クリープス。頬の赤みにも骨密度が高そうなスタイルにもたくましい生命力が宿っていて、若き女優が羽ばたく瞬間に立ち会うような喜びもある作品です。
PROFILE
細谷美香/1972年生まれ。情報誌の編集者を経て、フリーライターに。『Marisol』(集英社)『大人のおしゃれ手帖』(宝島社)をはじめとする女性誌や毎日新聞などを中心に、映画紹介やインタビューを担当しています。
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