ichikomaさんからの質問
Q. 50歳になる恐怖と焦燥感でいっぱい。
エイジングストレスへの向き合い方を教えてください。

50代目前にして、50歳の壁がとてつもなく大きく立ちはだかり、その壁を越えることに表現のしようのない恐怖、焦燥感を抱いています。具体的には身内を失ったこと、体力気力の低下、容姿の変化などの喪失体験、親の介護、独身独居での老後の不安があります。仕事はしており、待遇、人間関係に大きな問題はありません。残された時間を無駄にしたくないと思いつつ、とくに趣味もなくボンヤリと無駄に一日を過ごし、自己嫌悪に陥ることも多々あります。今後、50代を迎えるうえでの気の持ちようや、エイジングストレス、対応について何かしらヒントを教えていただけましたら幸いです。

特別ゲスト 金子稚子さんの回答
A. 私の母は、上手く歌えなくなったため
合唱をやめて楽器を始めました。
失うことで新しく出会えるものもあるのです。

お辛い気持ちは理解いたします。が、「もう50歳」ととるか、「まだ50歳」ととるか。私は今ちょうど50歳ですが、夫と死別した身としては、「まだ50歳」という思いのほうが強いのです。一方で先日初めて、電車で小学生に席を譲られて、「もうそんな年なんだ!」とも実感したのですが……(苦笑)。

でも私は、それは「年を取った」ということではなく、「変化」と受け止めました。だってよく考えてみてください。ichikomaさんのおっしゃるように、年齢を重ねることで本当にいろいろなものを失っているのでしょうか? 席を譲られることで見えてくる世界がありますし、白髪になることで経験できる世界もあります。私たちは、まだまだ知らないことのほうがいっぱいです。年齢を重ねることは、新たに見える世界が増えていくことでもあると思うのですよ。もちろんそれは、楽しい世界ばかりではないでしょう。80代の友人と話をしていますと、「人生に飽きた」「人生は長すぎる」といった発言をよく聞きます。仕事で知り合った88歳の医師の方からは、「安楽死についてどう考えるか?」と意見を求められたこともありました。そういったことから、80代には50代になったぐらいでは想像もつかないような苦悩があるのだな、と感じます。つまり、50歳の壁なんて始まりにすぎない、この先も壁はどんどん出てくる、ということです。その壁に対して恐れを抱くのは当然だと思いますが、同時に、“新しい世界に気づく”という姿勢も持っていただけたらと思います。

突然ですが、先日私の母は大好きだった合唱の習い事をやめました。なぜか聞くと、「耳が聞こえにくくなったから」とのこと。補聴器をつけてはいるのですが、補聴器というのは、外部の音は正確に聴こえるものの、自分の声の音程は完璧には聴き取れないようです。あるとき「音程がズレている」と指摘され、完璧主義の母は「それならやめよう」と決意したそうです。ですが外部の音は正確に聴き取れますので、今度は楽器を習い始めたのです。トーンチャイムという、グループで演奏するハンドベルのような楽器ですが、何と合唱をやめた一週間後にもう始めていました! そんな母を見て私は、「失ってもいくらでも新しいものに出会える」と思ったものです。ichikomaさんは今、失うことのほうにばかり目が向いて、新しく得るもののほうには目が向いていないですよね。私自身、夫を失いましたが、その後には悲しみしかないかといったら、決してそういうわけではありません。失ったことで得た世界もあります。現に今、こうしてichikomaさんとやりとりさせていただいていますが、これは夫と死別しなければ出会えなかったご縁です。ichikomaさんにもこれから、そういった“気づき”があると良いですよね。

ただし今の精神的な落ち込みは、更年期の影響による部分もあるかもしれません。ですからやみくもに前向きになろうとするのではなく、体のチェックもおこなってください。気持ちが落ちているときは、まずは体の状態を調べる。ミモレ世代になると、そう習慣づけることが大切です。もしかしたら、体に原因があって気持ちが落ちているかもしれませんから。そのためにも、良い医師や医療機関と出会っていきましょう。そうやって健康面の環境を整えられたうえで、先にお伝えしたような“気持ち”のトレーニングに取り組んでいただけたらと思います。
 

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 取材・文/山本奈緒子 

 

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